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最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)111号 判決

上告人 林桂珍

被上告人 福岡入国管理局主任審査官

代理人 山崎裕之

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉野正、同柳川昭二、同熊谷悟郎、同矢野正剛、同稲村鈴代の上告理由について

原審の適法に確定したところによれば、上告人は出入国管理及び難民認定法二四条一号に該当して発付された退去強制令書の執行により本邦外に送還されてから既に一年が経過したというのであり、同法五条一項九号の規定により本邦への上陸を拒否されることもなくなったのであるから、もはや右退去強制令書発付処分の取消しにより回復すべき法律上の利益は何ら存在せず、右処分の取消しを求める訴えの利益は失われたとした原審の判断は、正当として是認することができる。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 河合伸一 大西勝也 根岸重治 福田博)

上告代理人吉野正、同柳川昭二、同熊谷悟郎、同矢野正剛、同稲村鈴代の上告理由

第一、原判決は、上告人が国外退去強制令書発付処分の取消しを求めたのに対し、訴の利益なしとして、原判決を取消し、上告人の訴えを却下した。

しかしながら、退去強制令書の執行終了により、同書発付処分を取消す訴の利益がなくなり、本案審理をせず訴を却下するというのは、憲法三一条の解釈を誤り、憲法三一条に違反する。

一、本件一審判決は、退去強制の手続は、法二四条所定の退去強制事由の有無を明らかにして最終的には行政処分である退去強制処分を行うことを目的とする手続であるから、刑事責任追求を目的とする手続に適用される憲法三一条は当然には適用されないが、退去強制の手続がその過程においては容疑者の身体の自由を拘束し最終的には退去強制処分という容疑者の身体の自由に重大な影響を与える不利益処分を実施するための手続であることからすれば、憲法三一条が刑罰という同じく身体の自由等に重大な影響を与える不利益処分を行うについて適正な手続によるべきであると規定した趣旨は、退去強制の手続においても十分に生かされるべきである、と述べている。

退去強制手続は、我国に在留する外国人が、入国警備官から退去強制事由の違反調査をされ、入国審査官、特別審理官等によって退去強制事由の審査をされ、その途中において主任審査官の発する収容令書によって身柄、身体の自由を拘束され、裁判官の許可状により臨検・捜索・押収をされて、最終的に「流刑判決」の終局的な宣告を受け、容疑者の意に反して「流刑」ともいうべき身柄の強制的国外追放が行われるものである。憲法三一条は、本来は刑事責任追求を目的とする手続に適用されるのであるが、退去強制手続が、刑事責任の追求を目的とする手続と同じく、身体の自由に対する人権の侵害、制限であり、刑罰権の発動に等しい手続・処分であるため、退去強制手続においても憲法三一条が準用されるのである。

憲法三一条は、何人も法律の定める手続によらなければ、その生命も若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を課せられないとしている。法二四条の各号は、退去強制事由として国外追放の理由であるとともに、大半は刑事罰の対象あるいは犯罪行為と密接な関連があるものである。この意味からも憲法三一条が準用されるのは当然である。

本件では、中国人である上告人が、法の定める退去強制手続に違背して身体の自由を奪われ、国外追放という、刑罰に等しい人権侵害を受けたかどうかが争われている。渡辺入国審査官らによる違法な口頭審理請求権の放棄書作成等によって、適正手続保障の中核をなす、「告知と聴問」を受ける権利、口頭審理請求権等を、上告人から奪って退去強制令書が発付され、上告人は、その発付処分の取消しを裁判所に求めているのである。

二、退去強制令書の発付処分の取消しが、退去強制令書の執行終了によって、即ち、上告人の身体の自由を拘束し、国外追放し終わったことにより、退去強制令書を取消す「訴の利益」がないと言うのであれば、これは明らかに憲法三一条に違反する。退去強制手続において憲法三一条の趣旨が生かされる、あるいは準用されるというのは、退去強制手続による容疑者の身体の自由の侵害・拘束が刑事責任の追求の過程あるいは結果によって生じる被疑者・被告人が蒙る人権侵害である刑罰に等しいからである。即ち、退去強制令書とその執行による身柄の収容拘束と国外追放処分は、通常の行政処分により国民が受ける不利益とは質的に全く異なる刑罰に等しい人権侵害だからである。

三、憲法三一条の趣旨が生かされあるいは準用されるというのは、本件においては二つの意味を有する。

一つは、退去強制手続に携わる入国警備官、入国審査官、特別審理官、法務大臣らは、刑事手続と等しく、法律に定められた厳格な手続によって、容疑者の手続上の権利を厳格に保護し、適正手続を保障して、容疑者に対する退去強制手続を進めなければならない義務を負うことである。デュープロセスに違背して行われた退去強制手続は法律に違反するのみならず、憲法三一条に直ちに反する。

他の一つは、憲法三一条の趣旨に反して、退去強制手続が行われて身体の自由が拘束され、退去強制令書の執行によって国外追放処分を受けた容疑者は、憲法三一条による保護・救済を受ける憲法上の権利を有することである。違法な退去強制令書によって国外追放を受けた外国人に対する救済を、外国人であること、あるいは外国にある故をもって救済・保護を与えないとすれば、これは不平等であり、法の下の平等(憲法一四条)に反する。

上告人は、自らの身体の自由が奪われ、国外追放の根拠となった退去強制令書が違法であるとしてその処分取消しを求めている。その処分取消しの審理最中、上告人本人尋問の証拠調べ中、裁判所の証拠決定を無視して、上告人は本件退去強制令書によって日本を追放され中国に強制送還されたのである。

四、原判決は、理由一、1において、退去強制令書は執行されれば、その目的を達して効力を消滅し、一度執行されてしまうと歴史的事実となってこれがなかったことにするのは物理的に不可能であると述べている。これは言われるまでもないことであり、刑事実刑判決が執行され服役した以上、服役した事実がなかったことにはできないのはあたりまえである。問題は、違法な判決によって服役させられなかったことにするのが物理的に不可能となった者を正義・人権の観点からいかに救済するかである。

違法な退去強制令書、憲法三一条に違反する退去強制令書によって強制送還された上告人が、強制送還されたという事実がなかったことにするのが物理的に不可能な故、自己の権利侵害の救済の方法として、その違法・違憲な退去強制令書の発付という処分の取消を求めているのである。これに対し、既に執行が「終ったのだから」取消しの利益がないというのは、人権侵害行為が終了したので、人権侵害の違法・違憲は問えず弾劾できないというものである。

五、原判決は理由一、2において、「本件処分の取消しを求める本件訴えが憲法三一条に由来する保護・救済を求める憲法上の権利の行使であることなどを理由にして、本件処分の取消しを求める法律上の利益があるかのような主張をする。

しかし、仮に本件訴えが控訴人主張のようなものであるとしても、本件訴えは本件処分の取消しを求める抗告訴訟である以上、右のような事由のみをもって訴えの利益を肯定すべき根拠などない」と判示している。

上告人は、原審において、訴の利益の存在について、憲法上の権利の救済、擁護の訴えの利益を述べたが、これは当然のこととして憲法の下位規定である法律上の利益を有するものである。憲法三一条に由来する権利の保護・救済を求める利益が、何故、本件訴えが抗告訴訟であるとの一事をもって単純に訴えの利益を肯定すべき根拠などないと言えるのか。全く理解できないし、理由不足、不備である。

六、これでは、退去強制手続に憲法三一条の保障があるといっても全く意味がない。あるいは、外国人に対しては、法律手続にいかに違背しても、強制送還してしまえば勝ちという無法が罷り通ることを意味する。これでは外国人も日本人と等しく人権を保障されるという昭和二五年一二月二八日マクリーン判決に違背なし、憲法一四条に反する憲法行為を放置することになる。本件で訴の利益なしというのであれば、違法であろうと違憲であろうとすべて強制送還を「終わって」しまえば、いかなる違法・違憲も許されることになる。このようなことが罷り通るのでは、法治国家、法の支配を有する民主主義国とはとても言えない。

日本政府は裁判の途中、裁判所の証拠決定を無視し、上告人が退去強制令書の発付処分、強制送還の処分の取消しを求めて裁判所で争っている時に、強制送還を強行し、強制送還の処分を取消す利益、実益がないとはどうして言えるのか。正に訴訟上の信義則に反するとしか言いようがない。少しでも正義、ジャスティスを尊重する姿勢がある者であれば、憲法三一条に違反する人権侵害を放置し、人権侵害の「やり得」を許すはずがない。

原判決は理由一、5の終わりの部分で、「被控訴人が裁判所のいわゆる実体的判断をまつことなく右の執行をしたことをもって、控訴人の裁判を受ける権利を侵害したとまで断じるわけにはいかず、従ってまた、本件において被控訴人が右の執行の完了によって本件訴えの利益が消滅したと主張することをもって、信義則に違反するとまでは断じ難い。かくしては、この種の取消訴訟において被控訴人ら処分権者らが必勝であるという批判もあろうが、現行法制(なお、かゝる法制がただちに憲法に違反するものとは認められない。)のもとにあっては止むを得ない結論である。」と述べている。

法の基本理念は人権の擁護と正義、公平である。さすがに原判決も、訴の利益を認めない結論が、この種の取消訴訟においては処分権者らが常に「必勝」となるという正義、公平に著しく反する結果を目の当たりにして、いかに小賢しい法技術、法理論を駆使しても万人を納得せしめられないことによる裁判官の良心の葛藤、苦悩の表白と見ることができる。このような現象を惹起すること自体、訴の利益を否定した原判決の誤りを如実に示すものである。力も富もない一外国人から、強大な権力を有する側が退去強制令書の発付処分取消の裁判をおこされても、送還してしまえさえすれば、いかに発付処分に違法行為があろうとも常に処分権者側が裁判に勝つという現象は、人権の最後の守り手を自負し、法の支配を務めとする者にとって余りに不公平、不正義であり直視し難いものである。憲法三一条の解釈を誤り、適用を躊躇し、違憲を見逃した証左である。

七、退去強制手続では、一審判決も指摘するように、容疑者に対して刑罰と等しく、身体の自由を拘束し、強制送還という人権侵害を伴うものだから、憲法三一条の趣旨が退去強制手続にも生かされるのである。

このことは、違法な強制手続によって強制送還された上告人も、刑事手続におけると同格の救済・保護が与えられるべきである。これが憲法三一条の趣旨が生かされるという実質的意味である。

刑事手続において有罪の判決を受け、身体の自由を拘束された者は、有罪判決の刑の執行が終了したからといって、それですべて終わるのではなくて、違法・違憲を理由として有罪判決を取消す道が与えられている。刑事手続においては、第一審の有罪判決は、上級審で争うことができるし、確定判決によって刑を執行された後でも再審制度によっていつでも救済の道がある。これらの身体的拘束による人権侵害は決して国家賠償による金銭的補償では救われないのである。

訴の利益なしとして退去強制令書の発付処分の取消の裁判ができないとすると、通常の行政処分とは異なり、身体の自由を著しく侵害する処分であるにもかかわらず、刑事手続によって身体の自由を拘束された者に与えられる救済が上告人のような立場の者には享受できないことになり、畢竟、憲法三一条を準用するという意味がないばかりか、憲法三一条に違反するものと言わなければならない。

第二、原判決が訴えの利益がないとして上告人の訴えを却下したのは憲法三二条の上告人の裁判を受ける権利を侵害したものであり違憲である。

一、本件において、上告人が退去強制令書発付処分の取消の訴の利益を有することは、憲法三二条の裁判を受ける権利の当然の帰結である。

裁判を受ける権利は、表現の自由、生命身体の自由等、日本国憲法、国際人権規約等に定める人権を人々が十分に享有するのを保障、担保するための基本権である。即ち、裁判を受ける権利は、人権を保障するための人権である。「国民は自己の権利、人権が侵害されたあらゆる場合に必ず正規の裁判所で裁判を受ける権利をもっている(三二条)。この権利がなければどんなに国民に基本的人権が保障されていても、それは空しいものとならざるを得ない」(鵜飼信成、憲法)。裁判を受ける権利は、それ自身基本的人権の一つであるのみならず、他の種々の人権の侵害を裁判所に救済を求めることができる人権であり、人権擁護の最後の砦である裁判所がこれを保障する人権である。したがって、憲法上の権利が立法府あるいは行政府、または私人によって侵害を受けているにもかかわらず、それに対する救済を裁判所が拒否するということは、裁判を受ける権利の侵害になる。

二、上告人は、刑罰に等しい違法な退去強制令書によって、長期間に亘り身体の自由を侵害され、国外追放という「流刑」処分を受けたことによる重大な人権侵害の救済、身体の自由という人権の擁護を求めて、退去強制令書発付処分の取消を裁判所に訴えている。即ち、上告人は身体の自由という人権を守り、人権の侵害を救済してもらうために、裁判所・司法に対して退去強制令書発付処分の取消訴訟を提起して裁判を受ける権利を行使しているのである。

したがって、行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益」「訴の利益」は、単に、訴訟技術上の観点から、あるいは訴訟法、出入国管理及び難民認定法の「法律」段階の解釈論のみから判断すべきではない。まず第一に憲法の立場から判断すべき問題である。裁判を受ける権利は、身体の自由等を侵害された者の人権を「有効に保護することを保障」するための人権である。上告人が、身体の自由を侵害されたことによる人権救済を求めて本件取消訴訟を行っているのは、裁判所が取消訴訟において実質的審理を行い、上告人の自由の拘束が違法であることを証拠によって取調べてもらい、違法な退去強制処分による人権侵害救済を求めているのである。

三、訴訟要件に基づく「訴の却下」は原則として裁判を受ける権利の侵害であり、裁判を受ける権利は、原則として「本案裁判」を受ける権利である。

判例では、憲法三二条は、「法律上の利益の有無」にかかわらず、常に本案につき裁判を受ける権利を保障したものではない(最判昭和三五年一二月七日民集一四巻一三号二九四六頁)といっている。しかし、訴の利益の訴訟要件の判断は、単に訴訟法上の法律解釈論のみでは決して判断すべきではない。「訴の利益」「法律上の利益」というのは極めてあいまいで、一般条項的概念である。解釈する者の姿勢によっては解釈に大きな幅ができる。しかし、訴の利益の有無の判断は、即、人権侵害の救済の司法への道が開かれるか、裁判を受ける権利が守られるか、害されるかにかかわるのである。

裁判を受ける権利は「人権擁護、権利侵害」を司法的に保障するための人権である。したがって、本案裁判によらなければ、「権利侵害」の審理をしてもらわなければ、「裁判を受ける権利」は守られない。「訴の利益」の判断をする際には、常に権利、人権の侵害があるかどうか、申立人が権利の侵害の救済を求めているのかどうかを慎重に配慮し、憲法三二条の趣旨を害することにならないかどうかを十分に考慮して、安易な「司法拒絶」とならないように「訴の利益」を判断しなければならない。数ある行政処分の中で、刑事処罰手続(即ち刑事訴訟手続)としても本来おかしくない退去強制手続を刑罰手続と構成せず行政処分としている我が国の現行法下において、特に退去強制処分の取消の訴の利益の判断は重大なのである。このように考えると、憲法三二条においては本案裁判を受けられることが原則であり、訴の利益の不存在を理由とする却下は、例外として厳格に制約されるべきである。しかも既述のとおり、前記最高裁の判例は、憲法三二条は「法律上の利益」の有無にかかわらず、常に本案につき裁判を受ける権利を保障したものでないといっているが、これは本案裁判を受ける権利は、「常に」全く「例外なく」保障したものではないと述べているのである。この判例は、別の見方からすれば、裁判を受ける権利は「原則として」本案裁判を受ける権利を保障したものであり、本案裁判を認めない却下の裁判は、「例外」であると判示していると解釈できる。そうとすれば、却下の裁判は、裁判を受ける権利の保障の「例外」であるから、例外については極めて慎重な判断を要することになる。

四、原判決は、理由一、3において本件について裁判を受ける権利は、本件のような抗告訴訟に関しても実体判断を受ける権利まで保障しているわけではないと言っている。

これは憲法三二条の裁判を受ける権利を形式的に解釈したものであり、上告人が原審で述べた憲法三二条の裁判を受ける権利の実質的意味を理解しないものである。訴訟要件の中でも、訴の利益というものは、実質的判断を要するものである。司法の救済を要する権利侵害、人権侵害の存否を審理する必要があるかどうかという観点から判断されるべき法概念である。原判決のような考え方では、裁判所に課せられた憲法三二条の解釈適用の権限をそもそも放棄し、「法律」の解釈適用のみをもって裁判所の役割は事足れりとするものであり、三権分立の憲法体制の下、裁判所にのみ課せられた憲法解釈・適用の責務を放棄するものと言える。上告人の憲法三二条と訴の利益の主張について理由も示さず、一方的に実体判断を受ける権利まで保障しているわけではないという言い方は、憲法解釈の責務を回避し、結果的に憲法三二条の裁判を受ける権利を上告人にとって画餠たらしめるものである。

五、最高裁判所は、昭和五二年三月一〇日決定(判例時報八五二号五三頁、以下最高裁決定という)において、原審が「送還部分に限り令書の執行を本案の第一審判決の言渡しまで」執行停止を認めたのに対し、送還部分の執行停止が第一審判決の言渡しがあるまでの停止では、第一審で敗訴した時、直ちに令書が執行され、退去強制令書発付の取消訴訟の本案について、上訴して裁判を受ける権利が否定されると抗告人が主張したのに対し次のとおり判示した。

「仮に抗告人が本案について一審において敗訴した結果本件令書が執行され、その本国に強制送還されたとしても、抗告人は、それによって直ちにわが国において本案について上訴して裁判を受ける権利を失うわけではない。もっとも、抗告人が本国に強制送還され、わが国に在留しなくなれば、みずから訴訟を追行することは困難となるを免れないことになるが、訴訟代理人によって訴訟を追行することは可能であり、また、訴訟の進行上当事者尋問などのため抗告人が直接法廷に出頭することが必要となった場合には、その時点において、所定の手続により、改めてわが国への上陸が認められないわけではないのである。それゆえ、本件令書が執行され、抗告人がその本国に強制送還されたとしても、それによって抗告人の裁判を受ける権利が否定されることにはならないものというべきである。」

この決定によれば、強制送還された場合、本案裁判の訴訟遂行に当事者尋問の出頭等の多大の困難はあるが、このような困難があっても、「所定の手続により、あらためてわが国への上陸が認められないわけではないので」抗告人の取消訴訟の本案裁判の裁判を受ける権利が否定されないというのである。この決定の趣旨からすれば、本案裁判の追行に困難は免れないが、最低限裁判を遂行できるのであるから憲法三二条に反しないというのである。原判決は、強制送還によって「訴の利益」が喪失し、本案裁判を追行させないとして訴を却下したのであるが、右最高裁決定からすれば、最低限の本案裁判をもさせないというのであるから、憲法三二条に直ちに違背する。加えて原判決は最高裁の右決定に違背すること明らかである。

六、本件においては、上告人は違法に口頭審理請求権放棄書を作成されたことなどを理由に退去強制令書の発付処分の取消訴訟を提起し、本案審理を行い、実体判断がされる前に、被上告人が上告人を本国に強制送還したものである。即ち上告人が憲法三二条の権利として取消訴訟の本案審理を進め、渡辺入国審査官、上告人等を証人、本人として証拠調べし、その審理の中で、退去強制令書の発付手続に違法、不当なところが明らかになり、判決が近くなってきた時点で、被上告人側が強制送還し、「訴の利益を消滅させる」行為に出たのである。本件は単に訴の利益が「ない」かどうかの問題を越えて、訴の利益を訴訟の一方当事者が「消滅させた」かどうかの問題であり、通常の議論とは次元の異なる問題を含むのである。即ち、被上告人側の行為は、法律の問題以上に、道義、倫理、信義則に反する側面を有しているものである。

一方当事者、特に強大な権力を有する者が、それに較べれば芥子のように弱く小さな存在である相手方当事者を本国に追い返し、「これをもって裁判は終わり」という結果を招来させようとしていることが、余りにも正義、当事者の公平の原則に背くのみならず、道義、倫理の道に反するものであり、この著しい不公平、不正義に直面して、原判決は「本訴提起の目的であった本件処分の取消事由の存否についての裁判所の判断を得る機会を不能としてしまうことには問題がないわけではない」と言わざるを得なかったのである。また、原判決は、上告人が「このような行為に出た動機、執行によって現状回復が著しく困難となり、これに伴う被侵害利益が重大であること、すぐに執行すべき差し迫った事情や当面の間執行を差し控えても我が国に重大な脅威もないなどの諸般の事情のいかんによっては、右の執行が被控訴人の裁判を受ける権利を侵害するものであると評価される余地もあり得ると考えられ、この場合、信義則上、被控訴人が訴の利益がないと主張することを許さないとすること、あるいは仮にこれを主張しないとしても訴の利益があるものとして取扱うことが考えられないではないからである」と述べている。

この点は信義則上のみならず、直截に訴訟の一方当事者が憲法三二条の裁判を受ける権利を上告人から奪った結果、上告人に訴の利益ありと解するべきである。

第三、「被上告人が本件処分に基づく退去強制令書の執行をして本件訴えの利益を消滅させてしまったことは信義則に反しない」とする原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。

一、訴訟手続きの法令違反

1、憲法三二条と訴訟手続き

裁判を受ける権利(憲法三二条)の保障とその意味するところについては、前述のとおりであるが、裁判を受ける権利が保障されるということは、単に「およそ裁判と呼ばれるものが受けられる」ということを保障されるだけではない。「公正かつ平等な裁判」を受ける権利を保障されることを意味する。従って、両当事者に公平かつ平等に訴訟活動を行う機会が保障されることも含んでいるのである。

具体的には、対立当事者の双方が、対等な立場で十分な立証活動を行うことが手続き上も保障されていること、その結果証拠によってのみ裁判の勝敗が決せられるということを意味する。本件のような行政事件については、行政事件訴訟法七条による民事訴訟法の各手続き規定(例えば、提出義務ある文書の不提出に関する民訴法三一六条、同三一七条、筆跡対照のための手記義務違反に対する同三二九条、検証物の提示手続きに関する同三三五条)および、出入国管理法の各規定はこれを具体化する。

ところで、右のうち民訴法は右規定にあきらかなとおり、両当事者にフェアーな訴訟活動を要求するにとどまらず、アンフェアーな訴訟活動により妨害を受けた側の主張を真実とみなすことでアンフェアーな訴訟活動をした側に制裁を科しており、かかるアンフェアーな訴訟活動による勝訴を許していない。このように訴訟法が、訴訟上の手続きについて当事者のアンフェアーを許さないという断固とした態度をとるのは、とりもなおさず、公正かつ公平な訴訟手続きを保障することが直ちに憲法三二条の保障と直結するからにほかならない。

従って、裁判所は、訴訟指揮するにあたっては、一方当事者の訴訟手続きに反するアンフェアーな訴訟活動を許してはならず、判決に当たっては一方当事者のアンフェアーな訴訟活動を容認したまま判決してはならないのであり、右に反する判決は憲法三二条に反し訴訟手続きの法令違反となる。

二、原判決は訴訟手続きの法令違反である。

1、本件裁判手続きの経過

本件においては、行政当局たる被上告人は、『収容』により上告人の身柄を確保し、一方当事者が他方当事者の身柄を拘束しているという関係にあった。

ところで、被上告人は身柄拘束の当初、上告人と弁護士らとの面会を事実上拒み、更に理由なく上告人の収容場所を転々と移動させて上告人と弁護人の接見交通を困難にし、上告人の権利実現を著しく阻害してきた。この態度は本件訴え提起後においても変わらなかった。

上告人代理人らは、上告人が本件裁判の当事者であることから、裁判期日に上告人を裁判所へ出廷させるよう求めたが、被上告人は出頭させなかった。その後、被上告人は、一審裁判所が原告(上告人)本人尋問の採用を決定して尋問期日を指定したため、指定された期日に原告本人を出頭させる身柄収容者としての法的義務を負うにいたった。そこで被上告人は、初めて原告本人尋問への出頭におうじたが、なお係属する福岡地方裁判所への出頭は拒んだ。その結果、上告人の原告本人尋問は、上告人の当時の拘束場所である大村入国者収容所でおこなわれたのである。

そして右期日だけでは原告本人への尋問が終了しなかったため、尋問は続行となった。そのため尋問期日に原告本人を出頭させる被上告人の法的義務は継続していた。それにもかかわらず、被上告人は、平成三年八月一四日、右義務に違反して、突然上告人を本国に強制送還してしまったのである。

上告人は、その結果、訴訟当事者であり、訴訟の主体であるにもかかわらず、以後の裁判に参加、追行することができなくなった。また、裁判を受ける権利の具体的内容である証言をすることも、その他の主張・立証活動を行うことも一切できなくなった。代理人である弁護士と打ち合わせをすることも、裁判の経過についての報告を受けることもできなかった。

かかる事態となったのちに、一審判決がなされ、更に原判決がなされた。

2、強制送還の評価

被上告人の右一連の行為は、憲法三二条を具体化した規定である行政事件訴訟法、民事訴訟法、入管法等の前記手続き規定に反する。

ことに訴訟係属中に相手方当事者である上告人を強制送還した被上告人側の行為は、上告人本人尋問が続行され上告人を出廷させるべき法的義務を上告人が負っていたこと、それにもかかわらず強制送還することにより前記のとおり上告人から裁判を受ける機会を一切を奪ったこと、上告人をあえてこの時期に本国へ強制送還する必要がなかったこと、上告人はいわゆる天安門事件に参加したために本国を逃れてきた者であるにしても、いわば名もなき大衆の一人であるから、わが国の安全のためにこの時直ちに強制送還しなければならない事情はなかったこと等の諸事実を総合して判断すれば、明らかに、裁判をつぶすために『故意に』おこなわれた『相手方当事者である上告人の立証活動に対する妨害行為』であったといわざるをえない。

しかも、右妨害行為は、訴訟当事者本人の身柄を本邦外に出してしまい、訴訟当事者本人の証言を訴訟から排除してしまうという方法によって行われたのである。民事訴訟法が予定している「提出義務ある文書(同三一六、三一七条)」「筆跡対照のための手記(同三二九条)」「検証物(同三三五条)」とは比較にならないほど訴訟上重要な「当事者本人の証言」、否「当事者の存在そのもの」を排除してしまったのであり、右とは比較にならないほど、アンフェアーで、極めて悪質かつ信義に反する違法なものだったのである。

3、一審判決

一審裁判所は、被上告人に右悪質かつ信義に反するアンフェアーな訴訟活動があったにもかかわらず、訴訟指揮するにあたってこれを放置することによって容認し、かかる被上告人の側の違法な行為を放置したまま弁論を終結して判決した。

4、原審判決の訴訟手続き違反

原審も、その訴訟指揮において前記被上告人の違法な行為を放置することによって、被上告人の違法行為を容認した。

さらに、原審は「『上告人の本邦不在』を理由に訴の利益なし」と判決し、上告人の訴えを『門前払い』してしまったのである。

しかし、原判決が理由とする『上告人の本邦不在』は、前記被上告人の違法行為の故に発生した事態である。それにもかかわらず、原判決は、その違法を放置することで不問に付したのみならず、まさにその違法行為故に発生した『上告人の本邦不在』という事態を理由に、訴えの利益がなくなったとして、その違法行為の被害者である上告人を保護するどころか、逆に門前払いにして、上告人の裁判による救済の機会を奪ったのである。

前記のとおり、民訴法は両当事者にフェアーな訴訟活動を要求するのみならずアンフェアーな訴訟活動による勝訴を許さないが、本件で被上告人がなした上告人強制送還の違法は、民訴法が予定するアンフェアーな訴訟遂行行為とは比較にならないほど悪質かつ信義に反する行為であった。公正かつ公平な訴訟手続きを保障することはただちに憲法三二条の保障を意味する。従って一方当事者の悪質かつ信義に反するアンフェアーな訴訟活動を容認したまま判決することは許されない。

原判決は、それ自体違法な手続きによる判決として、訴訟手続きの法令違反にあたるというべきである。

5、判決に及ぼす影響

前述のとおり、明らかに、原判決が「訴えの利益なし」という門前払い判決をしたことが誤りだったのであり、本案審理に入った上で判決すべきだったのである。

従って、原判決の訴訟手続きの法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

三、審理不尽の違法

1、信義則違反と裁判を受ける権利

信義則とは、具体的事件について正義・公平の理念を実現することを内容とする原則であり、社会規範である法(憲法を頂点とする全法体系)全体について当然働くものである。形式的には法令に合致していても、具体的事件について実質的な正義・実質的な公平を図らんとするのである。

信義則に関しては原判決も「諸般の事情の如何によっては、右の執行が控訴人の裁判を受ける権利を侵害するものであると評価される余地もあり得ると考えられ、この場合、信義則上、被控訴人が訴の利益がないと主張することを許さないとすること、あるいは仮にこれを主張しないとしても訴の利益があるものとして取り扱うことが考えられないではない」と明白に言及し、このように取り扱われるべき諸般の事情の例示として「被控訴人がこのような行為に出た動機、執行によって原状回復が著しく困難となり、これに伴う被侵害利益が重大であること、直に執行すべき差し迫った事情や当面の間執行を差し控えてもわが国に重大な脅威もないなどの諸般の事情」の如何によるとしている。

2、原判決の審理不尽の違法

(一) 上告人林桂珍

上告人は、一審判決において認定しているとおり、平成元年六月中国の民主化運動に共鳴して、いわゆるデモ行進やカンパ活動を行い、天安門事件後の追及を恐れて本邦へ脱出してきた者であるが、民主化運動のいわば末端の者であり、その存在が中国・日本間の政治問題になったり、あるいは日本に脅威や危険をもたらす程の存在ではなかった。

(二) かかる上告人については、裁判途中(特に本人尋問続行中)という状況にあるにもかかわらず退去強制令書を執行し中国に強制送還すべき差し迫った事情があったとは経験則上考えられない。また上告人の強制送還を早急に行わなければ重大な脅威がわが国に発生した、すなわち裁判が終了し判決が確定する当面の間(せいぜい一、二年間であったと思われる)も待てないような状況であったとは経験則上到底考えられない。

しかも強制送還当時上告人は、原告本人として尋問最中であり、原告の立証の只中にあったにもかかわらず、強制送還により本件訴訟に参加する機会を剥奪され、上告人側の立証活動に著しい支障が生じたのである。被上告人らの右執行行為は、経験則上、故意による上告人側の立証活動の妨害としかいいようがないのである。

(三) しかるに原判決は、本件裁判に先立つ執行停止申立事件(一審では執行停止が認められたものの、抗告審で却下、上告審でも却下)により、法律上形式的には執行を妨げる法的根拠がないとされたことの一事をもって、信義則違反なしと判断した。

しかし、右は本件裁判における証拠調べ開始前のものであり、強制送還時点においては、本件処分の違法を裏づける事実が多く判明するにいたっていた。またそもそも信義則の原則は、前記のとおり、形式的に法令に違反しているかどうかではなく、具体的事件についての実質的正義・実質的公平を図る原則なのである。

それにもかかわらず原判決は、「執行停止申立が却下されたために本件においては形式的には強制送還が適法であったこと」を唯一の理由として、信義則違反の判断の基礎となると原判決自らが例示した右諸般の事情についての事実の審理も認定もしないまま、判決したのである。原判決には、審理不尽の違法があるといわざるをえない。

3、判決に影響を及ぼすことの明白

右審理を十分尽くした場合、事情の如何によっては、原判決自身が認めるとおり、「信義則上被控訴人(被上告人)が訴えの利益がないと主張することを許さないとすること、あるいは仮にこれを主張し得ないとしても訴えの利益があるものとして取り扱うことが考えられないではない」。

従って右審理不尽が、判決に影響を及ぼすことは明白である。

第四 その他の憲法・法令違反

原判決は、以下の点においても、憲法及び法令の解釈・適用を誤り、本件訴訟につき『法律上の利益』が存在するにも関わらず、これがないと判断した点に違憲かつ判決に影響を及ぼす法令違反がある。

一 上告人の退去強制前の地位

1 上告人は、平成三年八月に強制送還されるまで、本邦に上陸して、入国し、違法な本件退去強制令書の発付処分によって『強制退去』させられない地位、そのために本件処分の違法性及び取消を求める明白な法的地位を有してそれによって享受すべき法的利益を有した。

かかる地位の根拠は、これまで述べたとおり、憲法一三条が保障する自己決定権ないし幸福追求の権利であり、右訴訟は、いずれも上告人の自己決定権の行使であると同時に、憲法第三二条により保障される裁判を受ける権利、同三一条による意思に反する強制処分は適正な手続によってのみ受ける権利の発現でもある。

2 そして上告人は、かかる法的地位を、現在において有するものである。

上告人が本邦以外に所在するという事実によって、上告人に帰属していた本邦における法的地位や利益が消滅するという法的根拠は存在しない。

日本人が外国に所在するとき、外国在住という事実から、当該日本人が日本の憲法・法令等によって保障された権利、法的地位ないし利益が消滅せず、もしくはその実現のために提訴している各訴訟上の地位ないし利益が消滅しないことと同様である。

二 原判決の「法律上の利益」判断の誤り

1 原判決の「法律上の利益」

(一) 原判決は、〈1〉「退去強制令書に基づき当該容疑者が国外に退去・送還されたときは、右退去強制令書の発付及びこれに基づく執行は、その目的を達してその効力は消滅し、以後、この同じ退去強制令書に基づいて再度同一容疑者に対して退去強制の執行がなさることなどない」、〈2〉「右の執行は物ではなく人に対する実力行使という事実上の行為によって組成されるものであることから、『一度執行されてしまうとそれは歴史的事実となって、これがなかったことにすることなど不可能である』」という二点の理由をあげて、「退去強制令書の執行が完了してしまったにもかかわらず、なお退去強制令書の発付処分の取消しを請求するには『取り消しによってなお回復すべき法律上の利益がある場合でなければならない」とする。

しかし、原判決の右判断は、以下のとおり、そもそも『歴史的事実の回復不能性』と『法律上の利益』を結び付け、そこから『法律上の利益がない』と結論づけた点に、いずれも憲法、実体法、訴訟法、行政訴訟法等の解釈・適用を誤った違憲、違法が明らかである。

(二)(1) 前述したとおり、現在の多数説は、憲法三二条の裁判を受ける権利を『国民の権利が侵害されたあらゆる場合に、必ず正規の裁判所で、裁判を受ける権利をもっている。この権利がなければどんなに国民に基本的人権が保障されていてもむなしいものとなる』(鵜飼信成・憲法一四〇頁)とされていて、更に、裁判を受ける権利は、単なる訴権の保障にとどまらず『有効な権利保護の保障という具体的内容をもつもの』(公法研究四一・二〇六頁、東條武治「権利保護の有効性論」)とする説、『憲法三二条は実体的基本権全体にかかり、個別の実体的基本権に訴権性を付与することによって実体的請求権たらしめるところの手続的基本権である』(芦部還暦記念「憲法訴訟と人権の理論」・一五二頁、棟居快行「基本権訴訟の可否をめぐって」)とする説が有力に主張されている。

(2) ところで、本件で問題となる『法律上の利益(「訴えの利益」)』は、もともと、権利保護と濫訴の防止の調和を目的とする概念であるが、『それ自体が自明の概念でなく、基準や内容が極めてあいまいであり、それを解釈する裁判所の姿勢によって、ある事件においてその要件が充足されていると認められるか否かについての判断によって左右されるという面が否定できない』もので『裁判を受ける権利の侵害という点が全く問題にならないとはいえない』のであって『行政訴訟におけるように、実質的に国民の権利侵害(あるいは、その強い蓋然性)があるのにもかかわらず、なお訴訟要件がないとされる場合などは、とくにこの点が考慮されるべきである』(別冊法学教室・藤井俊夫「裁判を受ける権利」)と鋭く批判されている。

(三)(1) 右1(一)のとおり、原判決は、〈1〉「退去強制令書に基づき当該容疑者が国外に退去・送還されたときは、右退去強制令書の発付及びこれに基づく執行は、その目的を達してその効力は消滅し、以後、この同じ退去強制令書に基づいて再度同一容疑者に対して退去強制の執行がなさることなどない」とする。

例えば、本件と同様の事案では、右退去強制令書にいう退去強制の理由は「沖縄沖で日本に不法入国した」ことであり、かかる容疑事実をもって当該退去手続が進められる。

そして、当該外国人が自費出国として、外国の航空機に搭乗して出国する場合は、右運送業者に当該外国人の身柄が引き渡すことが、右退去強制手続の執行である(日本加除出版・出入国管理法外人登録実務六法九四頁)。

このとき、当該外国人が、右運送業者から逃れて身柄を拘束された場合、飛行機に搭乗して離陸前に飛び降りて身柄を拘束された場合などは、新たな退去強制手続はなされず、当該退去強制令書をもって、身柄拘束し、再び、当該航空機に改めて搭乗させて厳重監視の下で、前記の退去強制の理由をもって、退去強制がなされることになる。それは行政経済に適する措置であろうが、最初の搭乗で、一旦は右退去強制手続の執行は終了するから、二度の執行はありえないはずである。

(2) 原判決が右〈1〉でいう「国外に退去・送還されたときは、右退去強制令書の発付及びこれに基づく執行は、その目的を達してその効力は消滅する」から「法律上の利益がない」とする点こそが問題である。

本件執行による法的効果である上告人が「国外退去=現に日本にいない=排除された」状態は、現在まで継続している。

そして、後述するとおり、上告人が再度、日本で出入国管理手続やこれに関連する刑事手続においては、本件処分によって上告人が国外退去となった『違反歴』は本訴訟によって取消されない限り、残存して、上告人の不利益な事実として取り扱われるのである。

そして、上告人は、右手続の中で、別途に、本件処分の違法性を争う方法も手段も法的には何ら保障されていないため、本件処分による『違反歴』に基づく不利益を排除することは不可能である。

この一点だけを見ても、原判決の右〈1〉の判断はそもそも誤っている。

(四)(1) 原判決の右〈2〉「右の執行は物ではなく人に対する実力行使という事実上の行為によって組成されるものであることから、『一度執行されてしまうとそれは歴史的事実となって、これがなかったことにすることなど不可能である』」という点はどうか。

以下に述べるとおり、原判決は、右〈2〉の判断において、憲法、実体法、訴訟法、行政訴訟法等の解釈・適用を誤った違憲、違法が明らかである。

(2) 原判決は「右の執行は物ではなく人に対する実力行使という事実上の行為によって組成される」から『歴史的事実』になるという。

『歴史的事実』は、当該『事実』を『事実』として認知ないし認識する人間の価値判断を通じて、『歴史的事実』としてなされた評価である。

従って、社会学的歴史観に立つ限り、本件退去強制の執行のみならず、何人の営為を含む事象の全て(物に対する執行も当然含まれる)が、社会的に意味を持つと評価される限りは、発生(社会学的にいう認知)と同時に『歴史的事実』となる。

そして、過去に一旦は存在した以上、その将来において存在しなくなることはないという意味において『これをなかったことにすることなど不可能である』というのが正しいものである。

『歴史的事実』とは、当該『事実』を『事実』として認知ないし認識する価値を見いだす人間によって、『歴史的事実』としてなされる評価である。意味と価値をもって現に存在したと認められ、その存在に争いがなく、揺るがないからこそ『歴史的事実』と称されるのである。

したがって、原判決の〈2〉のように、あたかも『法律上の利益』という単なる概念をもって、あたかも『歴史的事実がなかったことにすることが可能となる』ようなこと自体が不可能である。

原判決は、この点において、明らかに、右〈2〉において法論理的判断を誤っている。

(3)(一) 社会科学としての法律は、『歴史的事実』をもって実体法の要件とし、その存否に法的効果を認める。その制度ゆえに、法律は特定の『歴史的事実』に基づく法効果を否定し、消滅させるために、法的擬制(フィクション)として、別個の『歴史的事実』に基づく『取下げ』『取消し』『撤回』等の制度を設けている。

本件に則していえば、上告人は、実体法上の『行政処分取消』制度に則り、本件処分がなされたという『歴史的事実』及びこれに基づく法効果(適法なものとしてなされた処分ないしその結果として発生した上告人の権利侵害ないし不利益)に対し、右『歴史的事実』と両立する別個の実体法上の『取消事由』に該当する「本件処分の手続的瑕疵の存在という『歴史的事実』」が存在することを主張し、その判断を求めるものである。

そして、本件処分が取消されることによって、当該処分は違法という法的評価を受け、権利侵害ないし不利益が不当なものとされ、行政秩序及びこれに関連する法秩序において存在しないものとされるのであり、「『取消し』によって当該処分の適法性(法的価値ないし評価)が否定され、法制度上は存在しないものとして取り扱う」という法的擬制が実現されるのであって、原判決が〈2〉で判断するような『取消し』の前後を通じて「当該処分がなされたという『歴史的事実』があったり、消滅したりする」のでは決してない。

原判決は、かかる〈2〉の判断そのものからして、そもそも、法律の機能や司法制度を誤解し、法解釈を誤る違法がある。

(二)(1) 本件の争点は、本件処分とは別個の『取消事由』に該当する『歴史的事実』が存在するかどうかの点である。

そして、上告人は『裁判を受ける権利』に基づき、本訴訟において、本件処分とは別個の『取消事由』に該当する『歴史的事実』が存在することを主張し、これを認めてもらい、本件処分の取消しを求める実体法上の具体的権利と法律上の利益を有している。

(2) 実体法制度において、法効果の要件事実たる『歴史的事実』は明示されている。

そして、裁判官は、当該争点において、実体法上の要件事実たる『歴史的事実』の存否を判断して、法律を解釈適用して、判断を下すことが職務である。

また、裁判官は、訴訟手続上の証拠法によって、要件事実たる『歴史的事実』の認定を羈束されている。それ故に、事実誤認が判決の違法を構成するのである。

更に、裁判官は、認定した要件事実たる『歴史的事実』に基づく法効果の発生に羈束され、これに従って法的解釈をなし適用すべきことになっている。それ故に、法の解釈・適用の誤りが判決の違法を構成するのである。

これらによって、当該争点は、法律に則って、その定めるところに従って処理されるのである。これによって、法制度の正当性が担保され、国民が全て、法律に従うことになる。

これが、人権保障のために司法的担保として司法制度を設けた、憲法が定める『法治国家』『法の支配』の意義である。

(3) 『法律上の利益』という(行政)訴訟手続上の概念は、右(2)で述べた各種の人権・諸権利の保障を実効性あらしめ、『法治国家』『法の支配』を適正に実現するための、行政訴訟法上の制度である。

その実態は、前述のとおり、不明確な、裁判官による単なる法的判断ないし法的評価をいうにすぎない。

いわんや、原判決の右〈2〉の謂いでは「実体法に関わる特定の処分の手続的瑕疵が存在するという『歴史的事実』が、訴訟法上の『法律上の利益』の有無や、それに関する裁判官の判断の結果によって、なかったことにすることが可能となるはずもない」のである。

そして、裁判官が実体的権利の存否にかかわらず、表面的、形式的に、単なる訴訟法上の概念に過ぎず、内容もあいまいな『法律上の利益』の判断を振りかざして、当該行政訴訟を却下することは、訴訟法上の法的判断(またはこれを判断する裁判官の所為)によって、当該処分の実体法上の法的価値ないし法的効果である適法・違法が、実体法と何ら関わりなく左右されることになる。

かかる事態は、正に、司法の専断であり、『法の支配』に反する。

(4) しかるに、原判決は、右〈2〉の判断によって、裁判官による「法律上の利益」の存否の判断の如何をもって、本件処分とは別個の『取消事由』に該当する『歴史的事実』が存在する場合にも、実体法上の『取消し』の法的効果が左右し、否定されることを認めて、これまで述べた上告人の有する「法律上の利益」を否定し、実質的な裁判の拒絶をなしたものである。

これによって、原判決は、実体法・手続法の区別もつけられず、明らかに、実体法・手続法の理解、解釈を誤る違法があり、憲法が保障する、司法制度、実体法に則る裁判制度(すなわち『法の支配』)に反する違憲・違法がある。

(五) 以上の点から、原判決の右〈1〉〈2〉の論理は、憲法の定める『法の支配』に反し、実質は、司法の専断による裁判の拒絶をなしたもので、違憲であり、実体法、訴訟法、証拠法に反して、事実を誤認し、法の解釈・適用を誤る違法がある。

2 平成四年一月二四日最高裁判決

(一) 土地改良工事施工認可処分取消訴訟で、一連の換地処分がなされ登記も完了した事案において、平成四年一月二四日最高裁判決(判例時報一四二五号)は「本件施工認可処分は……土地改良事業施工権を付与するものであり、本件認可処分後に行われる一連の手続き及び処分は、本件認可処分が有効に存在することを前提とするものであるから、本件訴訟において、認可処分が取り消された場合には、本件事業施工以前の原状に復することが、完了によって、社会的、経済的損失の観点から見て、社会通念上、不可能であるとしても、本件認可処分の取消を求める原告の法律上の利益を消滅させるものではない」(傍線は上告人)を判示して、『社会通念上の不可能』である場合にも『法律上の利益』を肯定したリーディング・ケースである。

(二) 右最高裁判決は、右土地改良工事施工認可処分取消によって、被処分者が現実にどのような原状回復を、どのような方法でなすかどうかは、あるいはなさざるかどうかは、当該行政処分取消訴訟の『法律上の利益』の存否に何らの関係がないことを肯定した。

被処分者に、当該処分の取消を求めるべき権利保護の利益があれば足り、当該処分が取り消された結果として、被処分者が、侵害された権利ないし利益の回復をするか、しないか等は、当該処分が取り消された後の、被処分者が、権利者として、その随意による、当該処分とは別途の「権利ないし利益」処分の結果にすぎないから、右判決は当然の結論である。

そして、右最高裁判決は、かかる判断によって、前述した「法律上の利益」の問題点を踏まえて、これを抑制的に運用し、「訴え却下判決」の乱用を防止して、被処分者の権利保護を図ろうとするものである。

(三) 過去強制令書は「当該外国人に、出入国管理法第二四条の規定に基づき本邦外に退去を強制する旨を命ずる旨の文書であり、執行官(入国警備官)にその執行を命令する文書」(日本加除出版、坂中英徳ほか「出入国管理及び難民認定法 逐条解説」・六〇五頁)であるから、同法第五二条一項により、入国警備官に当該外国人に対する退去強制令書の具体的執行権を付与し、執行の義務を課し、入国警備官は、右執行に必要な、護送、収容、送還先への送還、ないし自費出国の許可等の新たな処分がなされ(右同六〇六~六〇七頁)、前述のとおり、上告人が再度、日本で出入国管理手続やこれに関連する刑事手続においては、本件処分によって上告人が国外退去となった『違反歴』は本訴訟によって取消されない限り、残存して、上告人の不利益な事実として取り扱われるのである。

そして、本件を右最高裁判決に照らせば「主任審査官の本件退去強制令書発付処分は、入国警備官に送還その他の具体的執行権を付与するものであり、本件発付処分後に行われる一連の手続き及び処分(事後の手続で本件違反前歴として取り扱う処分も含む)は、本件発付処分が有効に存在することを前提とするものであるから、本件訴訟において、発付処分が取り消された場合には、被処分者たる上告人を本件執行以前の原状に復することが、執行の完了によって、社会的経済的損失の観点から見て、社会通念上、不可能であるとしても、本件発付処分の取消を求める上告人の法律上の利益を消滅させるものではない」となり、本件でも、「法律上の利益」が優に存在することが明らかである。

従って、原判決は、右最高裁判決にも違反する違法がある。

3 上告人が中国にいること

(一) 被上告人は、原審において『現に控訴人が中国人として中国の主権下にあることから、我が国では裁判上の実現の不可能なことである』と主張した。

本項1(一)に述べた原判決の立場も基本的には、かかる見解を基礎にしていることは明らかである。

(二)(1) 上告人は、現に、存在し、本件処分を争訟している。

そして、上告人は、日本において憲法その他法令に照らして本件処分の違法を認めてもらうべく、憲法が保障する適正な手続に則った裁判を受け、右訴訟を追行し、主張立証の機会を求める権利を有していることも明らかである。

(2) 上告人は、被上告人に対し、処分取消判決の結果として、処分以前の地位に原状回復することを求める地位に立ち、被上告人に対し、上陸・入国を求めるときは、被上告人は、取消判決に拘束され、その当然の結果、上告人の上陸・入国を争いえないのである。

この場合には、被上告人は上告人に対し、後述する出頭確保義務の履行、証言権の機会保障として『本訴訟追行のための特別在留』を、または取消されて本件処分が存在する前の状態に復することによる『別途の「適法な違反調査」ないし「退去手続」を受けるための特別在留』資格を付与すべき義務がある。

前述の昭和五二年三月一〇日最高裁決定(判例時報八五二号五三頁)は「訴訟の進行上、当事者尋問などのために抗告人(被退去強制処分者)が直接法廷に出頭することが必要となった場合には、その時点において、所定の手続きにより、改めて、わが国への上陸が認められないわけではない」と判示して、右のことを明白に認めている。

他方で、右最高裁決定は、抗告人(被退去強制処分者)が本国にいる点については、何らの問題もしていない。

(3) また、被上告人が、本件退去強制令書の発付処分以前に復して、上告人の右地位及び利益を保障するには、何らの社会的経済的損失すらも発生しないことも明白である。

(三) 上告人が、原状回復すべく上陸・入国しようとする前提として、中国政府が何らかの障害となるのかどうか。

(1) 上告人の地位の回復を求めるときに、中国政府が『何らかの障害となるのかどうか』は、それこそ将来のことで、蓋然性の問題でしかない。

(2) 更に、右『中国政府の障害』とは、本訴訟による本件処分の取消の結果、上告人が再上陸してきて、取消によって回復された地位につくかどうかの問題にすぎない。

この点は、本訴訟における『法律上の利益』の存否に何ら影響しないものであり、影響すると解すべき何らの法律上の根拠はない。

(3) 仮に、中国政府の対応が、上告人が、本件につき再上陸する障害となりうるとしても、本件処分をなして違法な執行を行った結果、かかる『より不利益な地位』に上告人を置いたのは、被上告人の責任であり、被上告人の違法な本件処分結果としての上告人の被侵害前の地位の回復までの『因果の流れ』にすぎない。

被上告人は、本件処分が取消されることによる原状回復として、そのような『中国政府の障害』につき、上告人から除去すべき当然の責任を負担し、原状回復義務の履行として、被上告人は、中国政府と、必要とあらば、上告人を出国させるべく交渉すべき義務がある。

被上告人が、日本政府の担当部署を通じて行う、かかる交渉が、中国政府の主権を何ら侵害するものではない。

(四) 以上の点は、例えば、日本人での以下の事案を想定すれば明白である。

ア 日本人が、受けた行政処分につき、当該処分を取り消す行政訴訟を提起し、代理人弁護士に依頼して、外国に出国して、外国に所在する場合

イ 右アで、更に、当該日本人が国籍離脱した場合

いずれも、当該被処分者は、日本国内に在留せず、日本の主権にも服していないが、かかる事実をもって、当該行政訴訟の訴えの利益が問題になる謂れはない。

そして、原判決は、右と異なり、上告人が、外国人ということから、原判決の判示の結論を当然のごとく導いたものである。

したがって、原判決は、これまで述べた点のほかに、更に、上告人を外国人ということで訴訟手続において不平等に扱い、判決した点に、憲法一四条の平等原則に反する違憲がある。

三 上告人の本件訴訟手続上での法的不利益

1(一) 本件の第一審裁判において、上告人は、本訴訟での『原告本人尋問の途中』であった。

(二) 被上告人は、上告人を「収容」して、その身柄を拘束していた。

(三) 上告人は、(一)(二)によって、被上告人に対し、本件訴訟の当事者であり、かつ相手方当事者である上告人の身柄拘束をする者として、二重に、本件訴訟への出頭確保請求権がある。

更に、右権利は、『告知と聴聞』権及び反論権の、本件訴訟における具体的現実的権利である証言権の当然の前提である。

かかる請求権は、いずれも憲法三二条から導かれる具体的法的請求権である。

(四) 右(三)の点によって、被上告人は、本件訴訟の当事者であり、かつ相手方当事者である上告人の身柄拘束をする者として、二重に、上告人の、本件訴訟への出頭確保義務がある。

かかる義務は、憲法三二条から導かれる具体的法的義務である。

2(一) 被上告人は、本訴訟において、上告人を退去強制令書を執行して、強制送還した。

被上告人は、これによって、本件訴訟において、右1(三)の上告人の権利を侵害し、右1(四)の法的義務を免れることを意図した。

右の出頭確保請求権の侵害及び出頭確保義務の不履行は、本件訴訟において、原判決当時も現に存在するものである。

かかる権利侵害ないし義務違反は、上告人が主張してきたとおり、第一審の訴訟記録上も明らかな「法的利益」であり、その侵害である。

(二) 訴訟手続上の具体的な権利侵害ないし不利益の除去は、第一義として、当該訴訟において受訴裁判所が行う権利保護のための具体的本案判決をもって回復され解決されるべきものである。

(1) かかる訴訟手続上の具体的な権利は、上告人が有する憲法三二条の裁判を受ける権利の保障から具体的に導かれるものである。

(2) 憲法三二条は、前述のとおり、上告人が有する(第一審判決も認めた)憲法三一条の保障する『適正な手続』としての退去強制手続によってのみ強制送還される法的地位を具体的に保障し、その地位に基づく上告人の具体的な手続的諸権利を保護する基本的人権である。

(3) 右(1)(2)を具体化するものとして、行政事件訴訟法第七条によって準用される民訴法第三一七条(同三一六条・三二九条第二項も同趣旨で、三二八条・三三五条も準用している)は、当該訴訟に関係する文書について当事者が使用妨害したときは、その制裁として相手方の主張を真実と認めることができると定めて、私人間の権利実現手続としての民訴手続における証明妨害行為に対し、『制裁』及び『不利益の回復』として真実を擬制し、使用妨害を受けた者の利益を擁護している。

そして、法がかかる規定を置いた趣旨は、証明妨害を行う当事者の意図は、当該訴訟での本案判決による敗訴の不利益を回避せんとするにあり、これを阻止して、当該訴訟において、受訴裁判所をして、当事者の手続的権利と法的利益を具体的に保護して、憲法三二条の保障を実効あらしめ、適正な裁判を実現させようとするものである。

(4) 民訴手続において、当事者本人尋問の機会を妨害した場合の規定はないが、これは、かかる行為がそもそもありえざるものとして規定していないだけで、法が許容したものではない。

いやしくも、当事者が相手方当事者に証言させまいとして、相手方を監禁し隠匿したような場合は、単に、その行為に対する刑事罰だけでなく、右規定を類推して、監禁された当事者の主張は、真実であったと認められるべきである。反対に、かかる事案において、相手方当事者が監禁されたことによって、それまでの証拠調の結果だけをもって被監禁者に不利益な本案判決がなされたり、いわんや「法律上の利益」がなくなったとして却下判決がなされるとするならば、法秩序の最も発現すべき裁判手続において正義は存在せず、傍若無人な反社会的行為がなすがままに放置され明白に不合理であり、司法制度そのものが人権保障の制度的担保を放棄することになり、憲法そのものに違反する。

(三) 反対に、かかる訴訟手続上での権利の回復や不利益の除去の必要がありながら、受訴裁判所が、かかる判断を行うことなく、当該権利の回復や不利益の除去の『別訴の損害賠償請求』等でなさしめるとするならば、それは、当該受訴裁判所が、かかる訴訟上の権利侵害と回復を放置し、当事者の『裁判を受ける権利』に応答する『適正な裁判』の実現を放棄して、当該事案の究明、適正な判断による適正な紛争の解決を怠り、もって、当該『証明妨害』を受けた当事者の『裁判を受ける権利』そのものを侵害するものとなる。

(四)(1) 本件で、被上告人が本件『強制送還』を強行した理由が証明妨害にあったことは、これまで上告人が第一審及び原審で述べたところであるが、要約すれば、〈1〉被上告人がいきなり『盆』に送還したこと、〈2〉本件代理人らに何らの連絡もなかったこと、〈3〉本件送還をかかる時期に遂行し、また連絡を怠ったことについて何らの緊急性も必要性なかったこと、〈4〉被上告人が合理的な説明をしないことから明らかである。

(2) 上告人は、以上の点を踏まえて、原審裁判所に対し、具体的な本案判決をもって、上告人が受けた右『証明妨害』による本件訴訟上の具体的な出頭確保請求権及び証言の機会侵害を回復し、本件訴訟追行での不利益を除去することを求めた。

しかるに、原審裁判所は、右の主張に何らの応答もせず、上告人の訴訟手続での権利侵害を放置したまま、『本訴訟の追行につき、法的利益がない』として、本訴を却下し、これによって、上告人の右権利侵害をなしたものであり、原判決は、憲法三二条、三一条及び民訴法に違背する違憲の判決である。

四 『退去強制前歴者』とされることによる不利益

原判決は、以下の点において、上告人の『退去強制前歴者』とされることによる不利益を看過して、「法律上の利益」の判断を誤った違法がある。

1 『退去強制前歴者』とされた名誉の侵害

(一) 原判決の『却下判決』によって、本件の処分は取消されないままとなっている。

そして、前述のとおり、上告人の有した憲法三二条に基づく、本訴訟手続上での証言の権利、出頭確保請求権は、現在まで侵害されたままである。

(二) 上告人は、本件退去強制令書の執行により、その意思に反して、国外退去という『追放』を受け、これによる精神的肉体的侵害を受けた。

上告人が受けた、かかる侵害の回復は、本件処分の取り消しによってのみ回復できるもので、原判決がいうように『別訴の国賠請求』の提訴やその勝訴だけでは解決できない。

2 中国での生活上の不利益

(一) 上告人は日本の入管当局より強制退去させられた『退去強制前歴者』としての経歴を負わされ、名誉を汚されたままにおかれている。

(二) 日本で、不法入国者として身柄を拘束され、退去強制令書を執行され、強制送還されたことによる不利益は、中国における上告人の生活の上でも顕著である。

上告人は、中国に送還されて、中国当局に直ちに身柄を拘束されて長期間の取り調べを受け『労働処分、所外執行』の処罰まで受けた。

そして、釈放後も、『日本からの強制送還者』として、地域社会からの冷たい視線と公安当局による監視の下におかれて、不安な毎日を送っている。

これらの不利益は、国家賠償による金銭の支払いで償われるようなものではない。上告人が日本の裁判所によって『政府(被上告人)が行った本件退去強制処分は違法である』と判決して貰うことによってのみ真に回復されるものである。

3 日本への再上陸における不利益

(一) 原判決が本訴を却下した判決が確定すれば、上告人の『退去強制歴』は、歴然と半永久的に上告人に残り、将来において、上告人に対する種々の不利益な処分、不利益な判断の基礎資料とされるのである。

原判決も「控訴人(上告人)が将来日本に上陸するとき、さらに在留生活を送ることになったとき、本件処分に基づく強制退去歴が、情状として、考慮されて不利益な扱いを受ける恐れがまったくないとはいえないかも知れない」として、右の問題点を認めている。

(二)(1) 本件で、原判決のとおり『法律上の利益なし』として本件処分取消しが許されない場合には、上告人が、例えば、別途国家賠償の裁判を提訴しようとする等の目的で、将来日本に再入国しようとしても、別途に所定の上陸許可・在留資格許可の手続きを取らざるを得ないことになる。

そして、日本は、世界でも有数の入国管理行政が厳しい国家である。

(2) ところで、被上告人が所属する法務省入国管理局は、外国人について、出入国歴を収集管理しているが、その記録には、日本人と同様に、各種の犯罪歴、本邦から退去させられた外国人については、退去強制歴その他の出入国管理法違反歴も含まれている。

出入国管理法五条一項一四号は「法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足る相当の理由がある者」も同様に上陸が拒否されると定める。

そして「『日本国の利益』とは、外交利益にとどまらず広く経済的、社会的な利益を含む」とされる(日本加除出版、出入国管理外国人登録実務六法・一七頁)。

右同号は「行為を行う『おそれがある』と『認めるに足る相当の理由』」という漠然とした要件が二重に規定され、しかも法務大臣にその要件存否の判断権が委ねられて、幅広い裁量権が与えられており、包括的概括的な上陸拒否の根拠規定となるのである。

(3) 従って、上告人が再入国しようとするときは、上告人が入国を許可されるかどうかは、右で述べたとおり、一般的には上告人を指揮する法務大臣の裁量によらざるをえない。

そして、上告人は、以下のとおり、法務大臣の裁量次第という極めて不安定な地位に立たされ、日本への再入国については、何らの保障もない。

〈1〉 本件裁判が、原判決のとおり、取消しを見ないまま、訴え却下で確定すれば、『本件処分』は取り消されることなく、形式的には『適法』とされ、将来にわたり、『上告人が被上告人から退去強制令書を執行され、送還された』事実が『適法な執行』として残存している。

〈2〉 上告人が、〈1〉の本件処分に基づく『退去強制』歴をもって、再度の上陸において、不利益に扱われないということについて、そもそも法律上も何らの保障がない。

〈3〉 このため、被上告人が、上告人の再度の上陸における上陸許可ないし在留資格の付与申請において、〈1〉の本件処分に基づく『退去強制』歴をもって、不利益に扱い、上陸もしくは在留資格を認めない恐れがあるどころか、かかる不利益取り扱いの可能性が極めて高い。

〈4〉 〈3〉の場合、被上告人が、上告人の再度の上陸における上陸許可ないし在留資格を認めない理由を、被上告人に開示すべきことを義務付ける何らの法的規定もない。

〈5〉 そのため、上告人は、〈1〉の本件処分に基づく『退去強制』歴を不利益に扱われても、かかる事実を知るための法的保障も契機も全くない。

上告人には、かかる不利益を回復するための法的手続の保障も全く存在しないのである。

(三) このように、法律に照らして、上告人の再上陸を保障するものは一切存在しない。

そして、上告人の『退去強制歴』は、その再上陸・入国を認めるかどうかの重大かつ不利益な資料として使われ、入国が不許可となっても、上告人には、そもそも、不利益な取扱いをされたかどうかすら分からず、仮にこれを知ろうとしても、かかる不利益な処分を知り、これを争い、排除することは極めて困難であり、殆ど不可能である。

従って、上告人は、現在、『退去強制処分を受けた者』という事実によって、強制送還後一年間を経過していても、法務大臣の裁量如何で上陸拒否を受ける『不利益な地位』に置かれたままである。

それなのに、原判決は「他に本件処分及びこれの執行があったことを理由に上告人を不利益に取り扱うことができることを認める法令の規定はない」とした。この点は、そもそも前述した法五条一項一四号の規定の存在及びその運用実態を無視して、同法の解釈・適用を誤るものである。

原判決自らも「法に定められた法務大臣等の処分権者らが有する権限」と述べている点からすれば、原裁判所は、法五条一項一四号の規定の存在をしりながら、あえて、右規定を無視して、原判決に至ったものと言わざるをえない。

(四) 以上の点に照らして、本件で問題となる上告人の人権の重さと退去強制手続き及びその後の執行手続の瑕疵の重大性は、『法律上の利益』を肯定した、土地改良事業完了後の事案である平成四年一月二四日最判(判時一四二五号)や退学処分取消に関する昭和五二年三月八日東京高裁の事案とは、そもそも比べようがない位、重いものである。

本件訴訟を通じて、退去強制令書の処分を取り消すべき上告人の法的な地位及び利益は、現在もなお厳に存在している。

そして、上告人は、本件裁判によって、右退去強制令書の発付処分の取り消しがなされない限り、『退去強制歴』は現に存在し続け、かつ、これに基づく不利益な処分を争うこともできないのである。上告人が、かかる不利益を取り除いてもらうには、本件において『退去強制』処分を取り消してもらうしかないのである。

その結果、原判決は、自らが示した「控訴人(上告人)が将来日本に上陸するとき、さらに在留生活を送ることになったとき、本件処分に基づく強制退去歴が、情状として、考慮されて不利益な扱いを受ける恐れがまったくないとはいえないかも知れない。この観点からすると、将来の不利益を防止するために、本件処分の取り消しを求める利益がある」との判断に則った適正な判決をなすべきであった。

原判決は、これに反して、その判断を誤った違法がある。

五 「法律上の利益」の存否について証拠調べしなかった

1 上告人は、入国管理局による将来的な不利益取扱いを含めて、本件退去強制手続の瑕疵、その執行における瑕疵を立証しようとして、入国管理行政のあり方この点に関する立証をすべく証人申請した。

しかし、原裁判所は、被上告人ら入国管理当局者の証人採用を認めなかった。

2 原判決は「控訴人(上告人)の主張する事態は全て将来のことであり、それも発生するかどうか確かではなく、仮に控訴人(上告人)に対して、将来、本件処分と同じあるいは類似の何らかの処分がなされる機会が到来するとしても、このとき本件の強制退去歴が情状として実際に影響することがあるのかどうか、あるとしてどの程度影響するのかどうか、この結果、不利益な取扱いというべき処分がなされことになるのかどうか、いずれも将来のことであってそれ自体発生するのかどうか不明確である。そうすれば、法に定められた法務大臣等の処分権者らが有する権限を考慮しても、右のような事態が発生する蓋然性が高いとは認められない」とする。

そして、原判決の右判断は『法律上の利益』の存否に関する判断に直結したものであるから、原裁判所は、上告人の主張及び立証の機会を与え、更に、訴訟要件の充足に関する事項として、『右のような事態が発生する蓋然性』の判断について、裁判所の職権を発動しても、入国管理当局者の証人申請を採用して取調べるべきものであった。

3 しかるに、原裁判所は、上告人が、この点に関する立証をすべく証人申請した被上告人ら入国管理当局者の証人採用を認めなかった。

原裁判所は、上告人の入国管理当局者の証人採用を認めず、職権での証拠調べもせず、他に根拠もなく、『将来のことで、不明確であり、発生する蓋然性が高いとは認められない』として排斥して、なお、上告人に「法律上の利益」がないと判断した点に、原判決は、明らかな審理不尽及び理由不備の違法がある。

六 別訴国家賠償による侵害の回復可能性

1 原判決は「本件処分は控訴人(上告人)の社会的名誉や信用の侵害を目的とするものではなく」「そのような侵害が発生しあるいは発生するおそれがあっても、そのような事態は、本件処分に伴う副次的な事実上の効果であるというほかはないから、国家賠償法の規定に基づいて損害賠償等の請求により救済を求めるのは格別」と判断して、本訴を却下したものである。

これは、そもそもこれまでの上告人の莫大な訴訟追行の努力を全く水泡に帰させるものであって、訴訟経済に反する。

2 しかるに、本項四3で述べたとおり、上告人が本件に代わる国家賠償の裁判を提訴するために日本に再上陸しようとするとき、これが認められる制度的保障は全く存在せず、法務大臣等の上陸・入国審査において本件「退去強制歴」を理由に認められない可能性が極めて高いものである。

更に、仮に、万一、上告人に、右上陸が認められ、国家賠償の裁判を提訴したとしても、本件処分及び前述の本件訴訟手続で蒙った諸権利侵害につき、その被害ないし不利益が全て回復されるという法的・制度的保障はどこにも存在しない。

3 従って、原判決は、あたかも、本訴訟について本案判決をなさざるとも、上告人が受けた不利益は『別訴国家賠償の裁判によって回復される』ごとくいって、『可能性』にすぎない別訴の存在を理由として、これまで追行されてきた本訴訟につき、本案判決をなすべき「法律上の利益がない」として却下して、訴訟経済に反しただけでなく、これまで述べてきた、上告人が有する「権利保護の必要性」ないし「利益」の判断を誤り、その裁判を受ける権利を否定して侵害するものである。

原判決は、この点においても、憲法及び関係法令に反する違憲違法がある。

七 行政事件訴訟の役割

1 行政事件訴訟としての本件抗告訴訟の意味は、第一義として、上告人の権利を、違法な処分による侵害から保護するものである。

上告人は、本件処分によって、上告人の権利を奪われただけでなく、被上告人の本件執行による『本件裁判潰し』の結果、訴訟手続上での具体的権利侵害を受けた。

これによって、被上告人は、国家公務員法に定める、行政官としての憲法・諸法令の順守義務に違反したことにもなる。

そして、原判決は『却下判決』によって、上告人の右権利侵害を放置し、回復を否定するものである。

2(一) 行政事件訴訟としての本件抗告訴訟の第二の意味は、違法な行政処分を行政行為秩序から排除して、違法な行政処分が繰り返されることによる、人権侵害の反復継続を未然に防止するものであり、行政事件訴訟制度こそ、三権分立の基本原理に則り、行政権力の行使に対する人権保障のための司法チェックをなして、前述のとおり『諸人権の保障を具体化する基本的人権』たる憲法三二条の裁判を受ける権利を具体化するものである。

従って、裁判所において、行政事件訴訟の運用と実現には、市民の権利保護の見地から、能動的積極的な役割が期待されているものである。

本件における原裁判所には、上告人の前記の不利益を回復するだけにとどまらず、被上告人が、このような違法な処分を繰り返して、外国人に対する人権侵害を行うことを将来に亙り防止する責務が負わされている。

(二) 被上告人の所為は、上告人の本件裁判を受ける権利、これに基づく具体的な出頭確保請求権、証言権等を侵害し、更に難民認定を求める地位等の具体的権利ないし利益を踏みにじったものである。

そして、被上告人が、右出頭確保請求権、証言権等を侵害して、裁判中に送還したことは司法権そのものを真っ向から否定したものである。

裁判所がその認識を忘れて、本件の原裁判所のように、『訴え却下判決』によって、具体的な本案判決を回避し、上告人の権利保護のための実質的な判断を行わないことは、被上告人の所為を許し、免責を与えるものでしかない。これでは司法権による『行政に対する抑制』という歯止めがなくなり、行政権を担う被上告人に『フリーハンドのオールマイティ』を与えて、司法は行政を実際上追認し、行政行為の『正当性』に盲判を押すだけの機関に過ぎなくなる。

これでは、将来にわたり、上告人と同様の外国人の法的地位及び利益を侵害する処分が繰り返され、更に、当該処分の違法性を争う裁判においても、被上告人が行ってきたと同様の上告人の証言する権利、出頭確保請求権が侵害されることが繰り返し行われることになるのは明白である。原判決は、被上告人の本件退去強制令書の発付処分の違法を放置し、被上告人の裁判での証言する権利、出頭確保請求権の侵害につき、何らの判断も下すことなく、『無条件での免責』を与えて、被上告人が、今後も更に同様の重大な違法行為を行うこと助長するものでしかない。原判決は、本件と同様の違法な退去強制処分が繰り返されないための何らの保障も示されておらず、行政法秩序に照らし、行政訴訟として無意味であるどころか、有害無益である。

これでは、原裁判所は、違法な処分から人権を守る最後の砦として、その裁判的保障制度たる本件訴訟において、司法権の責務を放棄したものであり憲法に明らかに違反している。

3(一) 原判決は「この種の取消訴訟において被控訴人(被上告人)ら処分権者が必勝であるという批判もある」とする。

(二) 執行不停止の原則(行政訴訟法二五条一項)のもとで、行政訴訟の提起だけで、行政行為の自力執行力は排除や制限されない。しかし、執行停止にもかかわらず執行することが直ちに違法となることに比べ、執行停止がされず執行される場合には、当該行政行為およびその執行が直ちに違法を構成しないだけであり、当然に、当該行政行為が過去から将来に亙り適法とされ、その執行も同様に適法となるわけではないことは明らかである。

そもそも、執行停止は、前述したとおり、本案での確定判決以前での、違法な行政処分を受けることによる被処分者の権利侵害を予防し、更に重大な損害を与えないようにする制度であって、本案と同様の権利を実現し擁護する制度である。

(三) しかるに、現行制度では、執行停止を申請する負担ないし申請却下の不利益が被処分者に負わされている。そして、執行停止は、本案の前提として必要的なものとされていないために必要とされるべき重大な事案について、その全てに申請がなされる訳ではなく、本案のように充分かつ詳細な証拠に基づき、これを吟味されないため、申請があっても認められない事案も多いのである。

また、執行停止は緊急的裁判であるから、本案裁判のごとく紛争遮断効と解決効がある訳ではない。更に『本案について法律上の利益』の保全を行う制度でもない。

従って、これらの点から、執行停止制度の運用において、被処分者の負担ないし不利益を最小限のものとし、かつその権利及び利益の擁護と侵害に配慮された運用がなされるべきであるのは当然であり、本件のように重大な人権侵害に関わる事案では、執行停止を適正に運用して、その人権侵害を防止すべきものである。

(四) ところで、執行停止が認められず、行政行為が執行され、その効力を失ったとして、その本案である処分取消訴訟の『法律上の利益を欠く』とされるならば、およそ、全ての行政訴訟の成立は、執行停止が許されるかどうかにかかってしまう。これでは、緊急的裁判である執行停止に、実質的な本案裁判としての紛争遮断効と解決効を認めるに等しいものである。また執行停止が申請されず、または認められなかった事案では、本件のように事案の重大性から長期化せざるを得ない本案裁判の場合には、裁判途中で執行完了されてしまえば、およそ違法な処分取消は認められず、その是正のための法的手段は保障されなくなってしまうのである。本案の維持貫徹のために執行停止が必要となるならば、そもそも執行停止制度の本来的な機能を超えて本案の「法律上の利益」の保全をなさしめるものであり、また執行停止が本案の必要かつ不可欠の前提とすることになるが、これは、法の建前と矛盾し、かつ、なかなか執行停止が通らない現実とも乖離して、実質的な裁判拒否に等しいものである。

これでは、被処分者が余りに過大な負担や不利益を負わせられ、他方では、行政は『先手必勝』、すなわち処分者が『法律上の利益』を被処分者から剥奪して消滅させるための『作為的行動』に及んで、当該処分取消訴訟における『法律上の利益』を失わせ、訴訟の実質的意味を大きく減殺することによって、被処分者の権利及び利益が侵害されることを放置することになって不合理である。

(五) そして、本件は、これまで述べたとおり、正しく、被上告人は、上告人の本件裁判を『潰す』ために、強制送還を裁判の途中に強行したのであるから、被上告人の違法な退去強制令書の発付処分及びこれに基づき裁判潰しのために行った強制送還によって、本件裁判が許されないという結論は不合理である。

4(一) 右3(一)に述べた原判決の判断は、正しく、上告人のこれまでの指摘が正鵠を射ていることを原判決もみずから認めるものである。

しかし、原判決は、右のとおり、問題点を正しく認識していながら、「(右3(一)の批判は)現行法制(なお、かかる法制がただちに憲法に違反するものではない)のもとにあっては止むを得ない結論である」とする。

すなわち、原判決は、右のとおり、行政事件訴訟の構造において、被処分者の権利保護が極めて不十分な運用がなれている問題点を正しく認識しながら、かかる事態が、右( )書き部分で『ただちに憲法に違反するものではない』と判断するのである。

(二) この原判決の( )書き部分の憲法判断は、上告人が、原審で行った違憲であることの主張に対する応答であるが、何らの理由付も一切ない。

原判決は、行政訴訟及びこれに付随する執行停止制度が適正に被処分者の権利保護のために運用されず、当該処分の違法性を争う機会と権利も充分に保障されず、その結果、処分権者の『先手必勝』となり、行政権に対する司法権のチェックが及ばないという違憲な事態を、何らの理由も示すことなく『合憲である』としたものである。

従って、原判決は、憲法解釈と憲法判断において、明らかに、審理不尽ないし理由不備の違法があり、かつ違憲な行政秩序を『合憲である』とした点が、憲法八一条の解釈運用を誤り、司法権の責務に反し、違憲となっている。 以上

【参考】第一審(福岡地裁 平成二年(行ウ)第九号 平成四年三月二六日判決)

主文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が平成元年一二月一日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求原因

1(一) 原告は中華人民共和国(以下「中国」という。)国籍を有する外国人であるが、平成元年九月二七日、有効な旅券を所持せずに本邦に入国した。

(二) 原告は、平成元年当時、中国福建省に住んでいたが、同年中に中国で生じた民主化運動に共鳴し、同年六月三日、同省福州市において民主化運動に参加していわゆるデモ行進やカンパを行い、同月四日に中国政府が右運動を武力鎮圧したいわゆる天安門事件が発生した後中国政府により右運動参加者に対する追求が行われたため、右追求を恐れて中国から日本へ脱出したものである。

2 原告の右入国の事実が発覚したため、出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの。以下「法」という。)所定の手続に従って、別紙経過表に記載のとおりの経緯により、被告は原告に対し、平成元年一二月一日、退去強制令書を発付した(以下「本件処分」という。)。

3 本件処分の違法性

(一) 退去強制手続における適正手続の保障

法の規定する退去強制の手続は、容疑者の意思に反して身柄を収容・拘束しつつ退去強制事由の有無の審査をし、その結果如何によっては国外退去を強制するもので、身体の自由を拘束し、又はこれを奪う手続であるから、刑事手続に準ずるものであり、憲法三一条の適正手続の保障の原則に則って遂行運用されるべきものである。

(二) 違反調査の違法

入国警備官は、法二四条各号の一に該当すると思料する外国人があるときは、当該外国人(容疑者)につき、違反調査をすることができる(法二七条)が、その違反調査手続は、右の適正手続の要請から、容疑者に対する対面調査により、退去強制手続の概略、手続上の諸権利を告知した上で、入国に至る経緯、動機、退去強制事由の有無を取り調べ、右の点に関して容疑者の主張や弁明の機会を付与すべきである。にもかかわらず、本件における当局入国警備官井上綱夫(以下「井上警備官」という。)がした違反調査は、原告に対面せず、専ら書面によるものであったために、右手続の概略及び手続上の諸権利の告知がされず、入国の経緯、動機、とりわけ原告の政治的難民として保護を求める意思等も確認されず、原告に主張や弁明の機会を与えることなく実施されたものであるし、違反調査書の作成に当たっても、原告が入国当時作成した質問書(これには、原告が中国を脱出して日本へ来るに際しての迫害的要因として、民主化運動に関わる前記の原告の政治的立場を反映して、「精神的圧迫」と記載されている。)についてその内容を吟味することもされなかったのであるから、本件の違反調査は違法である。

(三) 入国審査の違法

入国審査官による審査手続(法四五条)においても、入国審査官は、右の適正手続の要請から、容疑者に対する対面調査により、また、十分な語学能力を有するとともに法の定める手続について十分な知識を有する通訳を介して、退去強制の手続の概略、手続上の諸権利を告知した上で、入国に至る経緯、動機、退去強制事由の有無を取り調べ、右の点に関して容疑者に主張や弁明の機会を付与すべきであるし、更に、右以外にも救済手段として別に難民認定申請手続(法六一条の二以下)があることを告知する必要がある。にもかかわらず、本件における当局入国審査官渡辺裕(以下「渡辺入国審査官」又は「渡辺審査官」という。)が平成元年一一月九日にした入国審査では、原告に対する右手続の概略や手続上の諸権利の告知もなく、通訳の邵敬中(以下「邵通訳」という。)は語学能力及び法の定める手続についての知識ともに不十分であり、パスポート等を所持していなければ本国へ強制送還するしかないとの前提に立脚しての退去強制事由の有無の審査のみに終始し、入国の経緯等に関する原告の主張や弁明、とりわけ前記質問書に記載された「精神的圧迫」の意味について十分に問い質されることもなく、また、難民認定申請手続という救済手段があることも告知されずに行われたものであるから、右入国審査は違法である。

なお、原告が難民認定申請手続の存在について知ったのは、本件処分後の平成元年一二月一五日である。

(四) 口頭審理請求権の告知手続における違法

入国審査官は、審査の結果、容疑者が法二四条各号の一に該当すると認定したときは、容疑者に対し、理由を付した書面をもって通知するとともに、口頭審理を請求することができる旨を告知しなければならず(法四七条二項、三項)、しかも、右告知をするについては、容疑者の理解できる言語で、かつ、容疑者の能力等に充分配慮しながら、口頭審理請求権の存在・内容はもちろんであるが、それのみでなく、口頭審理を経ることを前提とする異議の申出(法四九条)及び特別在留許可制度(法五〇条)の存在について、口頭審理請求権の行使、不行使によって生じる法的効果の差異など、同請求権を行使するかどうかを決定することにつき実質的かつ十分な判断ができるだけの情報を提出することが必要である。にもかかわらず、渡辺審査官は、原告に対し、平成元年一一月九日、単に「次の審査を請求できる。」と告げたのみで、右の意味での告知を十分にしなかった違法がある。

(五) 口頭審理請求権の放棄手続における違法

法は、入国審査官が法二四条各号の退去強制事由に該当すると認定をし当該容疑者が右認定に服したときは、入国審査官が行った審査手続が適正なものかどうかをチェックさせ、かつ、当該容疑者が口頭審理請求権及びその放棄の意義について十分理解した上で任意にかつ真意に基づいて口頭審理を請求するための熟慮期間を放棄して手続の早期確定を求めるのかどうか等を確認させる趣旨で、入国審査官から右認定の通知を受けた「主任審査官」において、右容疑者に対し、口頭審理の請求をしない旨を記載した文書(以下「放棄書」という。)に署名させる旨定めている(法四七条二、四項)。にもかかわらず、本件においては、入国審査手続を担当した「入国審査官」である渡辺審査官が、前述した同審査官の違法な手続の結果口頭審理請求権の意義すら理解しないまま同審査官が繰り返し申し向けたとおりにもはや国外退去を強制されるしかないと思い込んでいた原告に対し、平成元年一一月九日、放棄書に署名させたのであるから、本件口頭審理請求権放棄書は、権限なき入国審査官により作成された違法文書であり、右審査官の行為は、明白なる違法措置である。

(六) 国際人権規約等の違反による違法

いわゆる天安門事件の発生により、本件処分当時中国から同国政府の追求を逃れて相当多数の政治的難民が日本にやって来ることが予見されたところ、我が国も批准している市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約」という。)、難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)並びに難民の地位に関する議定書(以下「難民議定書」という。)等に照らせば、中国からの入国者に対して、予め退去強制手続に関する何らかの既定方針を定めて処理にあたることは許されない。しかるに、被告は、原告と同時に日本に入国した中国人はいずれもベトナム難民を装う「偽装難民」であり国外退去させるべきであるとの方針のもとに、前述したような違法な形式的かつ画一的な処理を行ったものであって、右は前記各条約に反する違法なものである。

(七) 一時庇護のための上陸の不許可通知の違法

一時庇護のための上陸の許可(法一八条の二)、不許可は、右許可申請をした申請人に対する各個別の処分であるから、その不許可処分の告知も各申請人ごとにされるべきである。しかるに、本件における同処分においては、原告らを含む二〇〇名の中国人に対する同不許可処分の告知について右全員に対して包括的に一括してされたにすぎないから、原告に対する適法な不許可処分の告知があったとはいえない。したがって、被告は、原告のした右許可申請につき、適法な不許可処分及びその通知をしないままの状況で、すなわち、一時庇護のための上陸の許可申請が存続する状況のまま、退去強制の手続を実施し本件処分を行った違法がある。

4 よって、原告は、本件処分の取消しを求める。

二 請求原因に対する認否

1(一) 請求原因1の(1)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実のうち、平成元年六月四日に中国においていわゆる天安門事件が発生したことは認めるが、その余は知らない。

2 同2の事実は認める。

3(一) 同3の(一)は争う。

(二) 同(二)のうち、当局の井上警備官が原告に対する違反調査手続を対面調査によらず書面により行ったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(三) 同(三)のうち、渡辺入国審査官が原告に対する入国審査をし、邵通訳がその通訳をしたことは認めるが、原告が難民認定申請手続の存在を知ったのが平成元年一二月一五日であったことは知らず、その余は否認ないし争う。

(四) 同(四)のうち、渡辺入国審査官が原告に対して口頭審理請求権の告知として「次の審査を請求できる。」と告げたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(五) 同(五)のうち、原告の放棄書への署名が渡辺審査官の面前でされたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

渡辺審査官が原告に対し、「強制送還しかない。」旨繰り返し述べた事実はない。原告は、自ら不法入国者であることを認め、不服申立てをする必要がないと判断して放棄書に署名したものである。

(六) 同(六)は否認ないし争う。

(七) 同(七)は否認ないし争う。

三 被告の主張(本件処分の適法性)

1 本件処分は、別紙経過表記載のとおりの経緯により、法の規定に基づいて行われたものであり、適法である。

2 原告の主張に対する反論

(一) 適正手続の保障について

憲法三一条は、本来刑罰を科する法手続の適正を要請しているものである。これに対して、退去強制の手続は、本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を図る目的(法一条)をもって、わが国社会にとって好ましくない外国人を国外に退去させんとする出入国管理行政上の手続であるから、本件退去強制手続には、憲法三一条は適用されない。

仮に、退去強制の手続に同条が準用されるとしても、法は同条の適正手続の要請を充たした退去強制の手続を規定しているから、本件処分が法所定の手続に従って行われたか否かを問題とすれば足りる。

(二) 違反調査について

違反調査手続においては、容疑者に対し、対面調査が義務付けられていないし(法二九条一項)、退去強制手続の概略や手続上の諸権利を告知した上で違反事実についての主張、弁解を聴取して供述調書を作成することを義務付けた規定もない。また、同調査手続は、退去強制事由の有無を明らかにするために行われるものであり、容疑者が政治的難民として保護を求める意思を有するかどうかを確認するなど、在留を希望する事情を明らかにすることを目的とするものではない。

本件の違反調査においては、井上警備官が、法所定の手続に従って、前記質問書及び原告作成の陳述書など関係書類によって退去強制事由の有無を調査しているから、何ら違法はない。また、右関係書類をみると、原告は入国目的を経済的困窮から免れるためと述べており、政治的理由による迫害を受けたとする具体的事情や政治的難民としての保護を求める意思を表明していないから、当局入国警備官が対面調査をしなかったことをもって原告の政治的難民としての保護を求める機会と権利を奪ったことにはならない。

(三) 入国審査について

入国審査手続においても、退去強制手続の概略や手続上の諸権利、難民認定申請手続の告知を義務付けた規定はない。

本件の入国審査手続は、中国語に堪能な邵通訳を介して原告に審査内容を理解させた上で慎重に実施されたものであり、右手続に何ら違法はない。

また、原告は、右審査において難民認定が受けられるような事情を全く述べていないのであるから、渡辺入国審査官が難民認定申請手続を教示しなかったとしても、原告の政治的難民としての保護を求める機会を奪ったとはいえない。

(四) 口頭審理請求権の告知について

法は、口頭審理請求権の告知(法四七条三項)の他に、法務大臣に対する異議の申出(法四九条)や法務大臣の裁決による特別在留許可制度(法五〇条)を教示することまで要求してはいない。口頭審理の請求は、法二四条各号の一に該当する旨の認定に不服がある場合にとられる手続であり、特別在留許可を請求するための手続ではない。しかも、特別在留許可制度は、法務大臣による例外的な恩恵的措置であり、原告にそれを求める請求権があるわけではない。

本件においては、渡辺入国審査官は、通訳を介して原告に対し「違反認定に服するならば、強制送還されることになるが、違反認定に不服がある場合には、三日以内に特別審理官に対し口頭審理の請求(口頭審理の請求については、原告に理解しやすいように『次の審査』、通訳は中国語で『再審』と述べた。)ができる。」と伝え、原告も右内容を理解していた。したがって、口頭審理請求権については十分告知されている。

(五) 口頭審理請求権の放棄について

法四七条四項は、主任審査官に対し、口頭審理の請求をしない容疑者に対するすみやかな退去強制令書発付義務を課したものであって、主任審査官自ら口頭審理放棄書に署名させることを目的としているわけではない(容疑者が認定に服したとの事実は、同人が放棄書に署名したことで確認できるから、ことさら主任審査官自らが放棄書に署名させる必要性もない。)と解すべきであるから、入国審査官が原告に対して放棄書に署名させたとしても、同条項に違反しない。

それに、容疑者は、認定の通知を受けた日から三日を経過すれば口頭審理の請求ができなくなり認定に服したことになって、主任審査官は容疑者に対して放棄書に署名させるまでもなく退去強制令書を発付することになるところ、本件では、原告が認定通知を受けた日から二二日後に本件処分がされているから、そもそも原告の放棄書署名が不要な事案である。

(六) 国際人権規約等違反について

原告らが国籍を偽ったいわゆる偽装難民であることは慎重な違反調査及び入国審査によって明らかになったものであり、原告らについて当初から本国送還の方針のもとに形式的に退去強制手続を実施したことはない。

また、昭和五〇年四月のベトナム戦争終結後船舶等により同国を脱出したいわゆるベトナム難民については、同年一二月の国際連合総会決議により、これら難民を保護する権限が国連難民高等弁務官事務所に与えられ、昭和五四年七月、各国政府及び民間団体が、近隣沿岸国がベトナム難民に一時的庇護を与え、最終的には先進諸国などの第三国に定住させることに合意したものである。我が国も国際的合意や人道的立場から、ベトナムからのいわゆるボート・ピープルに対して庇護を与えることとしたものである。ゆえにこれら難民と中国国籍を有する原告らとの取扱いを異にしても違法な差別とはいえない。なお、これらベトナムからのいわゆるボート・ピープルについても、平成元年九月一二日、閣議了解により、難民条約一条に規定する「難民」又は難民議定書一条の規定により難民条約の適用を受ける「難民」としての蓋然性の有無を審査するためのいわゆるスクリーニング制度が導入されているのであって、ベトナム人からの入国者であることから当然に入国が認められるわけではない。

(七) 一時庇護上陸の不許可通知について

本件における一時庇護のための上陸の許可申請に対する不許可通知の実際の処理としては、申請人各人ごとに通知書が作成され、それが原告らを含む各申請人に交付されている。それに、そもそも一時庇護のための上陸の許可申請に対する不許可の告知方法については、法に定めがなく、包括的な一括告知が禁止されているわけではないから、仮に、原告の主張するような告知方法がなされたとしても、違法とはいえない。

四 被告の主張に対する認否

1 被告の主張1のうち、本件処分に至るまでの経緯が別紙経過表記載のとおりであることは認めるが、その余は争う。

2 同2は争う。

第三証拠

本件証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるこれを引用する。

理由

一 当事者間に争いのない事実

原告は中国国籍を有する外国人で、平成元年九月二七日、有効な旅券を所持せずに本邦に入国したこと、その後、被告が原告に対して同年一二月一日に本件処分をするまでの経緯が別紙経過表記載のとおりであることについては当事者間に争いがない。

二 本件処分の適法性について

1 〈証拠略〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成元年当時福建省に両親とともに住んでいたが、同年中に中国で生じたいわゆる民主化運動に共鳴し、同年六月三日には同省福州市においてデモ行進に参加し、募金にも協力したが、同月四日に中国政府が右運動を鎮圧したいわゆる天安門事件が生ずると、右運動から離れた。その後は、いったん自宅に帰る等して動向が目立たないようにしていたが、中国政府による右運動参加者への追求が迫っていると感じ、折から集団で船により日本へ向かう動きがあると聞き及んで、日本への脱出を決意した。

(二) 原告は、他の二三〇名とともに、平成元年九月二四日、中国福建省福清県前華村から木造船に乗船し、同月二七日、沖縄県那覇市所在の那覇新港に到着した。そして、日本に上陸するために、当局那覇支局の入国審査官に対し、法一八条の二に基づく一時庇護のための上陸の許可申請を行った。同支局の主任審査官は、右許可申請の審査のため仮上陸を許可し、同月二九日、原告を指定住居である大村難民一時レセプションセンターに入所させていたが、同年一〇月一二日、当局入国審査官は、原告の右一時庇護のための上陸の許可申請に対して、これを不許可として、同月一七日、その旨を原告に通知した。

(三) この間、当局那覇支局側は、原告に対し、予め用意した質問書用紙(平成元年九月二七日付け)に身分や入国目的に関する事項等を記載させ、同支局長宛に提出させた(〈証拠略〉)。これには、日本へ入国するに際しての迫害的要因として、「精神的圧迫。仕事がない。生活できない。」と記載されている。

(四) 当局入国警備官は、右のとおり原告らの一時庇護のための上陸の許可申請が不許可とされたことを受けて、原告に法二四条一号の退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当な理由があるとして、当局主任審査官が平成元年一〇月一三日付けで発付した収容令書(法三九条)に基づき、平成元年一〇月一八日、原告を大村入国者収容所に収容した。

原告は、その収容の際、報道機関による取材を受け、平成元年六月に中国で発生した天安門事件に関与したため中国政府の迫害をおそれて日本に脱出してきたと述べ、同年一一月五日、その取材内容がテレビ放映された。

(五) 原告とともに入国した二三〇名の者のうち原告ら中国人二〇〇名(以下「本件グループ」という。)の違反調査を担当する入国警備官ら(五名程度であった。)は、打合せの結果、これらの者について収容後四八時間以内に違反調査を行って容疑者を入国審査官に引き渡す(法四四条)ためには、通例に従いそれぞれ対面による調査をして供述調書を作成する時間的余裕はないとの判断のもとに、原則としてリーダー格以外の者については法施行規則が定める書式にない陳述書をもって代用することに決め、原告にも収容翌日の平成元年一〇月一九日付けで陳述書(〈証拠略〉)を作成させた。そして、井上入国警備官は、同月一九日、原告の右陳述書や前記質問書、それに本件グループのリーダー格であった二名に対する事情聴取書(〈証拠略〉)及びボート・ピープル名簿(〈証拠略〉)の五通の書面を資料とした書面調査により違反調査書を作成し、同月二〇日、当局入国審査官に対し、右書類とともに原告を引き渡した。

(六) 原告ら二〇〇名の入国審査については、大村入国者収容所の管轄に属する入国審査官だけでは対処できないので、その管轄外からも入国審査官が応援として事務処理に当たることとされ、事務処理に当たる入国審査官は約七名となった。そして、平成元年一一月六日、同所で、口頭により、今回の入国審査の実施の要領として、容疑者が認定に服した場合にはその場で放棄書を作成するよう指示、説明が行われた。

(七)(1) 渡辺入国審査官は、当局鹿児島出張所の所属であり、右のとおり応援として大村入国者収容所での事務処理にあたることとなったが、同月九日、邵通訳を介して、原告が理解できる北京語で、直接対面による入国審査(法四五条)を実施した。審査の冒頭、同審査官は、「違反審査を始めます。私は、入国審査官です。」と告げ、まず、原告に紙を渡して身上関係を書いてもらってこれを確認し、前記違反調査書記載の法二四条一号違反の有効な旅券・乗員手帳を所持せずに入国したとの容疑事実を読み聞かせた。その上で、前記の質問書と陳述書が原告作成であることを確認した後、違反調査において作成された前記五つの資料(前記(五))に照らして、容疑事実があるか否か及び入国の経緯、動機等について、原告に質問を発しながらその事情を聴取した。しかし、前記質問書に入国に際しての迫害的要因として記載されていた「精神的圧迫」の文言には特に注意を払わず、その意味について原告に対して問い質しはしなかった。また、同審査官は、平成元年一一月五日にテレビ放映された原告の「天安門事件に関係し、日本政府の保護を求める。」旨の報道機関に対する発言を審査当時は知らなかったとして、その点に関する原告の主張や弁明も尋ねてはいない。原告は、同審査官の問いに対し、容疑事実については「間違いない。」旨を、入国の動機については「生活が苦しかったから。日本に行けばお金を稼げる。職がたくさんある。」旨を話した。同審査官は、原告に法二四条一号に該当しないことの立証責任がある(法四六条)ことを説明するために、原告に対し、「不法入国者ではないことの説明ができますか。」と尋ねたところ、原告は、「説明できない。」と答えた。

以上のような審査の結果、同審査官は、原告を法二四条一号に該当すると認定した。

(2) 右認定後直ちに、渡辺入国審査官は、原告に対し、認定に服する場合は本国に強制送還される旨告げ、また、認定に不服な場合に関しては、予め書式の用意されていた認定通知書(乙一二)に不動文字として記載されている文言のとおりに「認定に不服があるときは、この通知を受けた日から三日以内に、特別審理官に対し口頭審理の請求をすることができる。」と告知した(法四七条三項)。もっとも、同審査官は、「口頭審理の請求」をそのまま直訳しただけでは、日本の出入国制度を知らない原告にとって理解できないと判断して、原告に分かりやすいようにとの配慮から、「次の審査を請求できる。」、更には、「もう一度話しができる。」旨の表現で説明し、邵通訳は、「口頭審理」を「再審」と訳して原告に伝えた。原告は、同通訳に対し、「旅券や乗員手帳など何も持たないから、口頭審理の請求をしても一緒じゃないですか。以後の手続は必要ありません。送還されるのならば、早く中国へ帰してください。」との趣旨の答えをした。同通訳は、渡辺審査官に対して、原告が認定に服する旨と送還されるのなら早く中国に帰してほしい旨とを述べていると告げた。そこで、渡辺入国審査官は、原告に、前記の予めした実施要領の打合せに従って、口頭審理放棄書(〈証拠略〉)に署名・指印させた。

(3) 渡辺審査官は、以上の審査(約一時間程度を要した。)の結果を審査調書(〈証拠略〉)に記載して、原告にその内容を読み聞かせ、間違いないと述べたので、原告に、右調書の末尾にその署名・指印をさせた。

そして、同審査官は、認定書(〈証拠略〉)及び認定通知書(〈証拠略〉)を作成し、原告及び主任審査官に通知した(法四七条二項)。

なお、同審査官の審査態度は威圧的なものではなく、また、他に原告がその意思に反して発言等を行った事実もない。

(八) 被告は、平成元年一二月一日、原告に対して本件処分を行い、同処分は、同月一六日に執行され、原告は、引続き大村入国収容所に収容された(法五二条五項)。

(九) なお、原告は、平成元年一二月一五日に、本件原告訴訟代理人と初めて面会し、同日口頭による難民認定申請(法六一条の二)を行い、また、平成元年一二月二〇日には、改めて書面による難民認定申請を行ったが、法務大臣は、平成二年六月一三日、「原告は難民条約一条A(2)及び難民議定書一条2に規定する『政治的意見』を理由に迫害を受けるおそれがあるものとは認めず、右条約等にいう難民とは認められない。」との理由で、難民認定をしない処分をし、その旨を原告に通知した。これに対して、原告は、同月二五日、法務大臣に対し、異議の申出をしたが、法務大臣は、同年九月三日、理由がない旨決定し、その旨を原告に通知した。

2 右事実を前提にして、以下本件処分の適法性について検討する。

(一) 退去強制手続に関する適正手続の保障について

退去強制の手続は、法二四条所定の退去強制事由の有無を明らかにして最終的には行政処分である退去強制処分を行うことを目的とする手続であるから、刑事責任追求を目的とする手続に適用される憲法三一条は当然には適用されない。しかし、退去強制の手続がその過程においては容疑者の身体の自由を拘束し最終的には退去強制処分という容疑者の身体の自由に重大な影響を与える不利益処分を実施するための手続であることからすれば、憲法三一条が刑罰という同じく身体の自由等に重大な影響を与える不利益処分を行うについて適正な手続によるべきであると規定した趣旨は、退去強制の手続においても十分に生かされるべきである。

ところで、本件において、原告は、退去強制の手続について法の規定するところを運用するに当たって、法に明文の根拠がなくても憲法三一条の精神に照らし一定の義務が生ずると主張するので、以下検討する。

(二) 違反調査手続について

原告は、違反調査手続においても容疑者に対面調査して容疑者の弁明、主張等を聴取、確認するなどすべきである旨主張する。

ところで、違反調査手続に関する法二七条ないし三八条の規定に照らし、違反調査は退去強制事由の存在が疑われる外国人について同事由の有無を明らかにするための証拠を収集するという目的で実施されるものと解すべきところ、法は、「入国警備官は、違反調査の目的を達するために必要な取調べをすることができる。」(法二八条一項)、その取調べの一方法として、「入国警備官は違反調査をするため必要があるときは、容疑者の出頭を求め、当該容疑者を取り調べることができる。」(法二九条一項)と規定しているのである。

このように、法は、違反調査に際して必ず容疑者に対して対面調査することを要求し、義務付けてはおらず、また、実際にも、容疑者との対面調査以外の適当な方法により違反調査の目的を達成し得る場合も考え得るから、違反調査の方法として、入国警備官が容疑者との対面調査をすることは必須とまではいえない。

前記二、1(五)に認定の事実によれば、原告についての違反調査を担当した井上入国警備官は、原告作成の質問書や陳述書などの関係書類によって違反調査をしているが、右が法の予定した調査方法を逸脱したものとまでは認め難い。

なお、右質問書(〈証拠略〉)には原告が日本に入国する際の迫害的要因として「精神的圧迫」と記載があるが、右文言に続いて「仕事がない。生活できない。」と記載されていることも考慮すると、「精神的圧迫」との文言のみでは、いまだ直ちに原告がその主張するような事情により難民として日本政府の保護を求める意思を有していたとは読み取り難く、同入国警備官が右の点について対面調査により原告に確認しなかったからといって、必ずしもなすべき義務を怠ったとまでは断じ難い。

以上のとおり、原告に対する違反調査は適法なものであり、憲法三一条の精神に照らしても違法とはいえない。

(三) 入国審査手続について

原告は、入国審査手続においても、担当の入国審査官が容疑者と対面審査をして、退去強制の手続の概略や別途の救済手段として難民認定申請手続があること等を説明した上で、容疑事実等に関して容疑者の弁明や主張を聴くべきであったと主張する。

ところで、入国審査手続に関する法四五条ないし四七条の規定に照らし、入国審査は容疑者について退去強制事由の有無を認定するという目的で実施されるものと解すべきところ、その審査に当たり、容疑者との対面調査を義務付けた明文の規定はない。これについても、容疑者との対面審査以外の適当な方法により入国審査の目的を達成し得る場合が考え得るから、入国審査の方法として、入国審査官が容疑者との対面審査をすることは必須とまではいえないと解すべきである。もっとも、前記二、1(七)に認定の事実によれば、原告に対する入国審査は原告と直接対面して実施されているから、原告の主張をいずれに解するにせよ、結論には影響を与えない。

問題となるのは、対面審査を行う場合の容疑者に対する手続の概要等についての事前告知義務の存否等であるが、この点に関しては、右のような告知等を義務付ける法の明文の根拠はないものの、まず、前述した退去強制手続の性格及び同手続中における入国審査の第一審的な審判手続としての機能や位置付けに照らし、容疑者の主張、弁解の機会を適正に保障するという観点から、入国審査官は、その冒頭において、容疑者に対して少なくともこれから始まる入国審査手続の目的及びそれの結果としてもたらされる効果を理解させ、容疑者に十分な主張、弁解を行う機会を与えるべきものと解するのが相当である。

これに対して、難民認定申請手続は退去強制事由の有無にかかわらず一定の事由の認められる者に日本への在留を許可する手続であり、退去強制手続とは法体系上別個の目的に立脚する手続と見るのが相当である。したがって、日本への外国人の出入国に関する法体系について必ずしも十分な知識を有しているとは限らない退去強制手続上の容疑者に対して日本の法体系の概要についての理解を提供することは、将来不利益処分を受けるかもしれない同人の地位を考慮すると望ましいこととは考えられるものの、退去強制手続上の入国審査において、難民認定申請手続の存在及びその概要等について当然に告知義務が存するとまで解するのは困難というべきである。

ただし、入国審査の過程において、当該容疑者に難民認定の対象となり得る事由の存在が明らかに窺われ、容疑者としても難民認定申請手続の存在について知識があればこれを行うであろうことを窺わせる相当の事情がある場合には、単に外国人の日本の法体系についての知識の不足のみを理由に難民認定申請を行う機会を奪う結果となることは、同手続の基礎となっている難民条約等に我が国も加盟しておりその遵守義務も負っていることに照らして公正とはいえないから、当該入国審査官は、右の告知をすべき法律上の義務を負担する場合もあると解される。

本件においては、前記二1、(七)に認定の事実によれば、審査の冒頭、渡辺入国審査官は、「違反審査を始めます。私は、入国審査官です。」と告げた後、違反調査書記載の容疑事実を読み聞かせ、容疑事実に関連して原告の入国経緯や動機等について事情聴取したほか、原告に対して「(原告が)不法入国者に該当しないことの説明ができるか。」と尋ねていることが認められ、他方、原告の供述に照らせば、原告は右審査においては原告の日本への在留資格の有無が問題とされており、これが認められなければ不法入国者に該当するものとして中国へ送還されることになると認識していたことが明らかである。したがって、原告に入国審査手続の目的及び効果を理解させ、十分な主張、弁明の機会を与えるべきとの要請は満たされていたものというべきである。

加えて、前記二、1(七)に認定の事実によれば、本件の入国審査に際しては、原告自身、自分が「難民」であることを窺わせる事情を当局入国審査官には一切訴えてはおらず、かえって、入国の動機につき、経済的困窮を免れるためである旨話していること、そして、前に述べたとおり原告作成の質問書に日本入国に際しての迫害的要因として「精神的圧迫」と記載されてはいたが、それのみでは、いまだ直ちに原告がその主張のような事情により日本政府の保護を求める意思を有していたとは読み取り難いこと、平成元年一一月五日にテレビ放映された原告の「天安門事件に関係し、日本政府の保護を求める。」旨の発言については、同審査官が当時これを認識していたと認めるに足りる確たる証拠がないこと、むしろ、原告は、帰国後に生じる不安や恐怖から、退去強制手続の段階では、当局に対しては自分が政治的難民であることを明らかにすることをはばかり、消極的に振る舞ってき、難民であることによる救済を積極的に求めたり、その契機となるべきものを当局に陳述したりしたことは全くなかったこと(〈証拠略〉)、以上の諸事情に照らすと、原告に対する入国審査過程で原告が政治的難民であることを窺わせる事情が明らかになっていたものとは認め難く、右状況下においては、同審査官に、原告に対して難民認定申請手続の存在等を告知すべき法律上の義務が発生していたとまでは認め難い。

また、仮に、そうでないとしても、原告はその後難民認定の申請手続を行っており(前記二、1(九))、実質的に同認定申請権は行使されているから、適正手続の保障の観点からしても、同認定申請に関する告知をしなかったことをもって本件審査手続に瑕疵があったものとすることはできない。

更に、原告は、原告に対する入国審査に立ち会った邵通訳の適性にも疑問を呈する趣旨の主張もするが、証拠(〈証拠略〉)によれば、邵通訳は、中国国籍を有し、その居住する八代市主催の中国語講座の講師を約二年間担当したり、刑事事件や本件に関連した中国人ボートピープルの違反審査約一五〇名の通訳をするなどの経験を持つものであり、通訳としての能力は一応備えていたと認められ、原告自身も同通訳が北京語を理解でき、同審査官の質問と自分の回答を正確に通訳してくれているものと信頼していたこと(〈証拠略〉)に照らせば、右主張は採りえない。

以上のとおりであり、原告に対する入国審査は適法なもので、憲法三一条の精神に反するとはいえない。

(四) 口頭審理請求権の告知について

原告は、口頭審理請求権の告知として法四七条三項が求めるのは、右請求権の存在、内容の告知はもちろんとして、それに加えて、口頭審理を経ることを前提とする異議の申出(法四九条)及び特別在留許可制度(法五〇条)の存在並びにこれらに関して口頭審理請求権の行使・不行使によって生じる法的効果の差異の説明など口頭審理請求権を行使するかどうかを決定するのに実質的かつ十分な判断ができるだけの情報を提供することが必要である旨主張する。

法は、容疑者が入国審査官がした認定に対して異議がある場合は、通知を受けた日から三日以内に特別審理官に対して口頭審理の請求ができる旨規定し(法四八条)、入国審査官の退去強制事由の有無に関する認定に対する不服申立ての権利を認める。

この口頭審理の請求は、右請求を行わせるために法務大臣が特に指定した入国審査官たる特別審理官(法二条一二号)が、必ず容疑者に対面し、その面前で容疑者に弁解、防御の機会を与えて行うべきものとされている(法四八条三項)。したがって、口頭審理請求権を告知するには、少なくとも、特別審理官が容疑者に直接対面して弁解、防御の機会を与えつつ入国審査官の認定の当否を審理する不服申立手続である程度のことは説明を要するものと解される。

これに対し、口頭審理の結果下された判定に対する不服申立手続である異議の申出及び右異議の申出に対する法務大臣の裁決に際して例外的に適用されることのある特別在留許可制度については、口頭審理請求権告知の段階においてこれを容疑者に告知するよう義務付ける明文の規定はないものの、必ずしも我が国の法手続について詳しい知識を有しているとは限らない外国人の容疑者に対して、手続の全体像に対する理解を深めさせることによって、その主張、弁解の機会を適正に保障することを確保するという観点からは、これらについても早い時期に理解の機会が与えられることが望ましいものと言える。

しかし、これらの手続については、口頭審理の結果下される判定に対する不服申立手続又はこれに付随する手続として、口頭審理請求が行われた後にその手続内で告知の機会を確保することでも、前記の手続的保障の趣旨は満たされると考えられるし、そもそも特別在留許可制度は、口頭審理請求やそれに対する異議申出を経てもなお退去強制事由が存在するものと認められる場合においても、他の例外的な特殊事情を考慮して日本への在留を特別に許可するという最後の恩恵的な救済制度であり、その性質上、在留許可を与えるか否かは法務大臣の自由裁量に委ねられていると解されることから、同制度について容疑者に手続的な請求権が存すると見るのは困難であることも考慮すると、右制度を含む口頭審理手続以後の手続についてまで告知しなければ口頭審理請求権の告知としては不十分であるとまで解するのは困難である。

もっとも、法務大臣の特別在留許可を受け得る利益は、容疑者の手続上の地位の一つに含まれていると考えられ、この利益を現実に受け得るようになるには、口頭審理を経ること及びその結果としての判定が不利な場合には異議の申出をすることが手続的前提として要求されているから、入国審査の過程において、容疑者が特別在留許可を受けることも考えられるような特殊事情の存在が相当程度濃厚に窺われるような場合には、容疑者の法手続に対する単なる知識の不足ゆえに前記のような容疑者の手続上の地位に付随する利益を喪失させることが公正に反することもあると考えられるので、このような場合には、入国審査手続を主宰する入国審査官は後見的立場から、右制度を含む以後の手続につき告知・説明すべき義務が生ずることもあると解する余地もある。

本件においては、まず、前記二1、(七)に認定の事実によれば、渡辺入国審査官により、原告に対し、同審査官の認定に不服があるならば、認定の通知を受けた後三日以内に請求すれば、本件入国審査官とは別人の特別審理官の面前で、もう一度弁解や話を聴いてもらえる趣旨のことは伝わっていたことが認められ、口頭審理請求権の告知として最低限要請されるところは知らされていたというべきである。

他方、前記のとおり、その入国審査の過程において、原告が特別在留許可を受けることも考えられるような特殊事情が存したことを窺わせるような発言等が行われ、又は同旨の客観的状況があったと認め得る事情も発見し難いから、右入国審査官において口頭審理請求権告知の段階で、口頭審理以後の手続である異議の申出や特別在留許可制度まで告知すべき法律上の義務が発生したと見ることは困難である。

以上のとおり、原告に対する口頭審理請求権の告知は適法であり、適正手続の保障の精神にもとることはない。

(五) 口頭審理請求権放棄手続について

原告は、法四七条四項にいう口頭審理の請求の放棄手続は、入国審査官から認定の通知を受けた「主任審査官」において、当該容疑者が口頭審理請求権及びその放棄の意義について十分理解した上で任意にかつ真意に基づいて放棄するものであることを確認の上で放棄書に署名をさせて行うべきである(法四七条四項)のに、本件においては、権限のない「入国審査官」が原告に同放棄書に署名させたもので違法である旨主張する。

(1) 右のうち、原告の口頭審理請求権及びその放棄に関する意義の理解に問題が存したとはいい難いことは、前項で説示のとおりである。

(2) ところで、法四七条四項は、「第二項の場合において、容疑者がその認定に服したときは、主任審査官は、その者に対し、口頭審理の請求をしない旨を記載した文書に署名させ、すみやかに第五一条の規定による退去強制令書を発付しなければならない。」と規定するが、入国審査官が容疑事実の存在を認定した後に主任審査官に対して容疑者の身柄を引き渡すべき旨の規定は存しないのであって(法四七条二項は、認定したとき、主任審査官に対してその旨を告知する義務を定めるに止まる。)、法四七条四項の解釈上容疑者に口頭審理の放棄書への署名をさせるのは主任審査官の面前においてに限られると当然に解すべきかは疑問が存するところである。

しかしながら、法は、退去強制手続(第五章)において、違反調査及び容疑者の身柄の確保、収容令書及び退去強制令書の執行権限を「入国警備官」に、入国審査の権限を「入国審査官」(特別審理官を含む。)に、収容及び退去強制令書の発付権限を「主任審査官」に、それぞれ付与している。つまり、法は、入国審査、令書交付及び令書の執行を、それぞれが独立の機関と目すべき異なる担当者に委ね、それら各々の権限と定めている。この法の趣旨は、適正手続の保障の理念と基盤を同じくするものであり、審理機関、令書発付機関及びその執行機関を別個の主体とすることによって適正手続を担保し、機関相互間にチェック機能が作用することを期しているものと理解される。

したがって、法四七条四項、五一条が退去強制令書の発付権限を入国審査官とは異なる主任審査官に与えている趣旨も、右令書の発付が、通常の場合には当該容疑者に対する終局処分となることを踏まえ、退去強制事由の有無の認定に当たった入国審査官とは別の主体であり、かつ、その上級者から指定される主任審査官をして、発付の当否や現実にどのような時期、形で退去強制を発付すべきかについて判断させるとしたものと考えるのが相当であり、その立場上、入国審査官のした認定についてのチェック的役割を果たすことも期待されているものと見ることができる。

そして、容疑者が入国審査官の認定に服したとして口頭審理の放棄書に署名するに当たり、これを当該容疑者に対する入国審査の実施に当たった入国審査官自らが行うことを許容すると、自己の認定を押しつける結果ともなって適正でなく、また仮にその入国審査の手続及び認定に問題があったとしても、口頭審理の放棄書の作成により認定は確定することとなって、主任審査官に期待された適正手続保障のためのチェック機能が働かなくなる。

本件においては、前記二1、(六)及び(七)に認定の事実のとおり、本件口頭審理請求権の放棄は、原告に対する入国審査を担当した渡辺入国審査官において、入国審査の前に主体不詳の者から包括的な指示を受けて(〈証拠略〉によっても、それに被告たる主任審査官が関与していたとは認め難い。)、その入国審査終了直後に原告に口頭審理の放棄書に署名させるという形で行われたのであり、このような口頭審理の放棄手続は、敍上の法の趣旨に違背するものというべきである。

(3) もっとも、前記のとおり、原告の口頭審理請求及びその放棄の意義の理解については特に問題は認め難いし、前記二1、(七)に認定の事実、ことに、原告は、入国審査において入国の動機として経済的理由のみを述べ、また、不法入国者ではないとの説明は出来ない、中国に早く送還して欲しい旨述べるなど容疑事実を全面的に自認している事実に照らせば、原告が法二四条一号に該当することが明白であったものといえることなどからすれば、原告は、右理解に基づいて任意にかつ真意に従って口頭審理の放棄書に署名・指印したと認められるのである。加えて、本件退去強制令書は、原告が本件認定通知を受けた日から口頭審理申立期間(三日間)をはるかに経過した二二日目に発付されているものであるから、結果的には本件の右放棄書はその本来の機能、効用に従って使用されなかったことになる。

これらからすると、本件における口頭審理請求権放棄手続には前述した瑕疵が存在したことは否めないけれども、この瑕疵が本件退去強制手続における原告の容疑事実の認定ひいては本件退去強制令書の発付という結果に影響を及ぼしてはいないものと理解される。それゆえ右瑕疵をもってしても、適正手続保障の趣旨が実質的に侵害されたとはいえず、これをもって本件処分の取消を必要とすべき程度の違法な瑕疵であると判断することはできない。

(六) 国際人権規約等との関係について

原告は、本件処分当時、中国から同国政府の追求を逃れて政治的難民が日本にやって来ることが予見されたところ、原告についてはベトナム国籍を偽った「偽装難民」として本国に送還するべきであるとの方針のもとに退去強制手続を実施して本件処分を行ったのであり、我が国も批准している国際人権規約等に違反する違法が存する旨主張する。

しかしながら、前記二、1の認定に用いた証拠によれば、原告及び原告と同時に入国した中国国民が当初ベトナム国籍を偽る考えを有しており、当局からいわゆる「偽装難民」との位置付けのもとに退去強制手続が進められたこと、及び一時に多人数が入国したため事務処理の効率化のため退去強制の手続を実施要領についての申合せが行われたことが認められるものの、更に進んで、原告らをその事情のいかんを問わず入国当初から本国に送還するとの方針のもとに右の退去強制手続が実施されたとまで認めるに足りる証拠はない。

(七) 一時庇護のための上陸の不許可通知について

原告は、一時庇護のための上陸の不許可処分の告知は右許可申請をした申請人ごとにされるべきであるのに、本件においては、原告を含む二〇〇名の中国人に対する包括的な告知がされたにすぎないから、結局、原告に対する適法な不許可処分及びその通知があったとはいえず、このような状況で原告に対して退去強制の手続を実施して被告が本件処分を行ったことは違法である旨主張する。

しかしながら、証拠(〈証拠略〉)によれば、右不許可の通知はその申請者各人ごとに各通知書をもって行われていることが認められるから、右主張はその前提を欠くものである。

仮にそうでなくても、法は、一時庇護のための上陸の許可申請に対する不許可の告知方法について明記しているわけでなく、その告知方法としては、不許可と決定したことを原告に適宜の方法で周知させれば足りると解されるところ、主張のように包括的な告知でされていたとしても、直ちに違法な告知とはいえず、したがって、本件処分も違法とはいい難い。

三 なお、原告は、既に摘示、判断したところのほかにも、平成元年一二月一五日に初めて本件原告訴訟代理人と面会した後、当局等によって面会を拒否されたり、身柄を大村、福岡、東京、横浜などの各収容所に不必要に移収されたりしたことを問題として指摘する。

なるほど、本件記録によれば、このような事情も存在し、本訴を含めて右代理人の訴訟活動に支障を招来したことが窺われ、その措置の当否には疑念をさし挟む余地もある。しかし、これらのことは、本件処分後に生じた事実で、同処分の違法事由に影響を与えるものではないことは明らかである。

また、原告は、平成三年八月一四日に行われた原告の本国に対する送還(右事実については争いがない。)が、原告の裁判を受ける権利を侵害するものであり、政治的難民ないしは事実上の難民の生命又は自由を脅威にさらす難民条約等に違反するものである等と主張するが、右事実も、本件審理に支障を生じるなど問題はあったが、法の手続に則って行われたものであり、かつ、本件処分の後に発生した事実であるから、その当否は別として、本件処分の違法事由とはなりえないものである。

四 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行訴訟七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川本隆 八木一洋 佐々木信俊)

別紙 経過表

(平成年月日) (経過事実)

(1) 一・ 九・二九 那覇市那覇新港に入港 一時庇護のための上陸許可申請(法一八条の二) 主任審査官による仮上陸の許可(法一三条)

(2) 一・一〇・一七 一時庇護のための上陸許可申請の不許可通知

(3) 一・一〇・一八 原告を法二四条一号該当の容疑者として、主任審査官発付の収容令書により、原告を大村入国者収容所に収容(法三九条)井上警備官による違反調査の実施(法二七条)

(4) 一・一〇・二〇 同入国警備官から入国審査官へ原告の引渡(法二七条)

(5) 一・一一・ 九 渡辺入国審査官による法二四条一号該当性の審査、認定(法四五条) 原告への通知(法四七条二項) 口頭審理請求権放棄書への原告の署名(法四七条四項)

(6) 一・一二・ 一 主任審査官の原告に対する本件退去強制令書の発付(同日付福第八六七号)(法四七条四項)

【参考】第二審(福岡高裁 平成四年(行コ)第一二号 平成七年三月二九日判決)

主文

一 原判決を取り消す。

二 本件訴えを却下する。

三 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

一 当事者の求める裁判

1 控訴人

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人が平成元年一二月一日付で控訴人に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2 被控訴人

(本案前の答弁・当審において追加)

主文第一、二項と同旨

(本案に対する答弁)

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二 当事者双方の主張及び証拠の関係は、次項のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示(但し、原判決別紙「経過表」の「(4)」の「法二七条」を「法四四条」と改める。)並びに原審及び当審各訴訟記録中の書証目録、証人等目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。

三 本件訴えの利益について

1 被控訴人の主張

控訴人は、平成三年八月一四日、本件処分に基づく退去強制令書が執行され、中国に送還された。従って、次の(一)または(二)の理由により、本件訴えの利益は消滅したから、本件訴えは不適法として却下されるべきである。

(一) 控訴人は、本件処分に基づく退去強制令書の執行として中国本土に強制送還された。従って、本件処分は、退去強制令書の執行が完了したことによって、その目的を達してその本来的効果が失われた。そしてまた、右執行後、既に一年を経過したから、控訴人が将来再度日本に入国しようとするとき、法(引用に係る原判決のいう「出入国管理及び難民認定法」のこと)五条一項九号に該当することもなくなった。

このように、本件処分の法的効力は消滅し、まったく存在しないから、控訴人には、もはや本件処分の取消しによって回復すべき法律上の利益はない。

(二) 仮に本件処分が取り消されたとしても、控訴人が現に中国人として中国に居住しその主権下にあることから、控訴人を本件処分前の状態に戻すことは、我が国では裁判上の実現が不可能なことがらである。従って、この点からも控訴人の本件訴えの利益はなくなっているというべきである。

2 控訴人の主張

控訴人が本件訴え提起後の平成三年八月一四日に本件処分に基づく退去強制令書の執行を受け、中国に送還されてしまったことは、被控訴人主張のとおりである。しかし、次に述べるように、これによって本件訴えの利益が消滅することなどないし、そもそも被控訴人が本件訴えの利益が消滅したなどと主張することは許されないのである。

(一) 法の退去強制手続は、その過程において容疑者の身体の自由を拘束し、最終的には退去強制処分という容疑者の身体の自由に重大な影響を与える不利益処分を実施するための手続であることに鑑みると、その解釈・運用に当たっては、憲法三一条の趣旨をじゅうぶんに斟酌すべきである。従って、適正手続に違反してなされた退去強制処分は、法に違反するのみならず、直ちに憲法三一条に違反する。そして、この場合、右処分を受けた者は、憲法三一条による保護・救済を受ける憲法上の権利を有する。

本件訴えは、右の憲法上の権利の行使として、控訴人において、違法・違憲の本件処分の取消しを求めているのである。従って、仮にも執行が完了したから取消しの利益がないなどという被控訴人の主張が認められるならば、違法・違憲の手続によって本件処分を受けた控訴人が、本件処分の違法・違憲を直截弾劾する方法などないことになって、これでは憲法三一条の規定もまったく意味をなさず、違法・違憲の本件処分がそのまま罷り通ることになる。そうであれば、本件訴えは、本件処分の取消しを求めるという最も簡明直截な請求であり、憲法三一条の趣旨に沿うものであるから、依然として訴えの利益があるというべきである。

(二) 本件訴えは、前記のように違法・違憲の本件処分によって受けた重大な人権の侵害からの救済、身体の自由という人権の擁護を求め、本件処分の取消しを訴求しているものである。すなわち、控訴人は、本件訴えについて実体審理がなされ、この審理の過程で控訴人の自由の拘束を伴う本件処分が違法・違憲であることが証拠によって確認され、この結果人権侵害からの救済を得られるとして本訴を提起しているのであって、要するに憲法三二条にいう裁判を受ける憲法上の権利を行使しているのである。しかるに、被控訴人がいうような事由で本件訴えの利益が消滅したとするならば、控訴人は、実体審理による裁判を受ける方途を容易に塞がれてしまうことになってしまう。そもそも裁判を受ける権利は、人権擁護・権利侵害を司法的に保障ないし救済するための基本的人権であることに鑑みると、本件訴えについては、その趣旨・原因からして実体審理にはいってしかるべきであり、被控訴人の主張するような事由で実体審理にはいらないとすれば、それは控訴人の裁判を受ける権利を直ちに侵害することになる。

このように、控訴人の裁判を受ける権利を保障するためにも、本件訴えの利益は存在している。

(三) なるほど、控訴人が本件処分に基づく退去強制令書の執行により中国に送還されて既に一年以上が経過したから、再度日本に入国する際に法五条一項九号に該当する余地はなくなり、従って、この限りでは控訴人が日本に上陸することを拒否されることはなくなったとはいえる。しかし、控訴人にはなお本件処分の取消しによって回復すべき法律上の利益がある。

まず、たとえ控訴人が法五条一項九号に該当しなくなっても、法務大臣は、同条一項一四号に基づく広範な権限を有しているから、控訴人が再度日本に入国しようとするとき、本件処分に基づき強制送還を受けた前歴を斟酌してその入国の許否を決定する蓋然性が高く、この場合、この経歴が控訴人に不利益に働くであろうことは明らかである。のみならず、仮に再度の入国を拒絶されず日本に在留することになったとしても、後日、控訴人の在留資格の変更、在留期間の更新、帰化申請等の在留生活のあらゆる領域において、右の経歴が不利益な情状として斟酌され、実際に不利益な取扱いを受けるおそれが強いから、この意味においても本件処分の取消判決を得ておく法律上の利益がある。

さらにまた、控訴人は、本件処分により、このまま中国に在留しようとも、あるいは将来日本に在留することになろうとも、過去に日本から強制退去させられたという経歴がその社会的名誉を害い、日常生活上のあらゆる場面での社会的信用をも害うことになる。このような社会的名誉や信用の回復を図るためにも、本件処分の取消しを求める法律上の利益がある。

(四) 仮に、以上の主張が認められないとしても、控訴人が本件処分の執行を受けないでいれば、本件処分の取消しを求める訴えがその利益を失わなかったことは明らかである。本件訴えは、まさにこの本件処分の適否を巡ってのものであるのに、被控訴人は本件処分を一方的に執行してこれを完了させ、これによって本件処分の取消しを求める法律上の利益を喪失させてしまった。このような被控訴人の行為は、文字どおり本件裁判をつぶす意図に出たもので控訴人の裁判を受ける権利を侵害する違憲の行為にほかならない。

このように、被控訴人が一方的に訴えの利益を奪いながら、本件訴えの利益がないと主張することは、信義則に照らしてとうてい許されない。

(五) なお、被控訴人は、本件訴えが実現不可能なことを求めるものであるというが、そのようなことはなく、しかるべき手段を尽くすことによって、控訴人を本邦に入国させることは被控訴人にとって可能であるし、またそうすべきである。

理由

一 本件訴えの利益について

1 法の定める退去強制手続は、法二四条所定の退去強制事由の有無を明らかにして、この退去事由がある者について法五一条所定の退去強制令書を発付したうえ、これに基づき当該容疑者を実力でもって日本国外に退去・送還させるものである。従って、退去強制令書に基づき当該容疑者が国外に退去・送還されたときには、右の強制退去令書の発付及びこれに基づく執行は、その目的を達してその効力は消滅し、以後、この同じ強制退去令書に基づいて再度同一容疑者に対して退去強制の執行がなされることなどないばかりか、右の執行は物ではなく人に対する実力行使という事実上の行為によって組成されるものであることから、一度執行されてしまうとそれは歴史的事実となって、これがなかったことにすることなど物理的に不可能なのである。そうであれば、退去強制令書の執行が完了してしまったにもかかわらず、なお退去強制令書の発付処分の取消しを訴求するには、取消しによってなお回復すべき法律上の利益がある場合でなければならない。

右の説示を本件についてみるに、控訴人が本件訴えによって取消しを求めている本件処分に基づく退去強制令書の執行によって、控訴人が平成三年八月一四日既に日本から退去、中国に送還されてしまっていることは当事者間に争いがないから、他に本件処分の取消しによってなお回復すべき法律上の利益がない場合には、本件訴えは、もはや訴えの利益を欠くものとして却下を免れないというほかはない。

そこで、以下に右の法律上の利益の存否について検討する。

2 まず控訴人は、本件処分の取消しを求める本件訴えが憲法三一条に由来する保護・救済を求める憲法上の権利の行使であることなどを理由にして、本件処分の取消しを求める法律上の利益があるかのような主張をする。

しかし、仮に本件訴えが控訴人主張のようなものであるとしても、本件訴えは本件処分の取消しを求める抗告訴訟である以上、右のような事由のみをもって訴えの利益を肯定すべき根拠などない。右主張は採用できない。

3 次に控訴人は、本件訴えの趣旨・原因からして、本訴につき実体判断を回避することは直ちに憲法三二条の裁判を受ける権利を侵害することになるから、このような場合、訴えの利益のあることを認めるべきであるかのような主張をする。

しかし、裁判を受ける権利は、本件のような抗告訴訟に関しても、実体判断を受ける権利まで保障しているわけでないから、右主張も理由がない。

4 さらに控訴人は、次のように主張する。控訴人が本件処分により日本から退去を強制されて既に一年が経過しているので、控訴人がこれから日本に入国しようとするときに、法五条一項九号の事由を理由に上陸を拒絶されることはなくなったといえても、これとは別に法務大臣が同条一項一四号を根拠に控訴人の本件処分に基づく強制退去歴を不利益に斟酌して上陸の許否を決定する蓋然性が高く、また仮に控訴人が上陸を許可されても、その後外国人として在留生活を送るうえでのさまざまの規制について、右の経歴を理由に不利益な取扱いを受ける可能性があるから、この際、将来の障害となる本件処分を取り消しておくことに法律上の利益がある、というのである。

しかしながら、本件処分に基づく退去強制令書の執行が終了してから既に一年が経過しているから、控訴人が法五条一項九号の事由に該当するとして日本への上陸を拒否されることがなくなったことはもとより、他に本件処分及びこれの執行があったことを理由に控訴人を不利益に取扱うことができることを認める法令の規定はない。確かに、控訴人が将来日本に上陸するとき、さらに在留生活を送ることになったとき、本件処分に基づく強制退去歴が、情状として、考慮されて不利益な取扱いを受けるおそれがまったくないとはいえないかも知れない。従って、この観点からすると、将来の不利益の発生を防止するために、本件処分の取消しを求める利益がありそうではある。しかし、控訴人の主張する事態はすべて将来のことであり、それも発生するのかどうかが確かでなく、仮に控訴人に対して、将来、本件処分と同じあるいは類似の何らかの処分がなされる機会が到来するとしても、このとき本件の強制退去歴が情状として実際に影響することがあるのか、これがあるとしてどの程度影響するのか、この結果、不利益な取扱いというべき処分がなされることになるのか、いずれも将来のことであってそれ自体発生するかどうか不明確である。そうすれば、法に定められた法務大臣等の処分権者らが有する権限を考慮しても、右のような事態が発生する蓋然性が高いとは認められない。このようにして、将来の障害除去のために、本件処分の取消しを求める法律上の利益があるという控訴人の主張は、採用し難い。

次に、控訴人は、本件処分により控訴人の社会的名誉や信用が害われたところ、これの回復をするためには端的に本件処分を取り消すことが最も適切、有効であるから、この点からしても本件処分の取消しを求める法律上の利益があると主張する。

しかし、本件処分は、法二四条所定の退去事由のある者を日本から強制的に退去させることを目的とするもので、これが本件処分の直接的な法的効力である。すなわち、本件処分は、控訴人の社会的名誉や信用の侵害を目的とするものではなく、仮に控訴人に右のような侵害が発生しあるいは発生するおそれがあっても、そのような事態は、本件処分に伴う副次的な事実上の効果であるというほかはないから、国家賠償法の規定に基づいて損害賠償等の請求により救済を求めるのは格別、本件処分の取消しを求める法律上の利益の根拠とは未だなし難い。控訴人の右の主張も、採用できない。

5 次に、控訴人は、以下のように主張する。すなわち、仮に本件処分の取消しを求める法律上の利益が消滅しているとしても、それは被控訴人が控訴人の本件訴えの提起にもかかわらず、裁判所の実体判断の出ないうちに控訴人を中国に退去させてしまったからにほかならず、このようなことは控訴人の憲法三二条の裁判を受ける権利を侵害する違憲の行為であるうえ、信義則上も右の退去させた事実をもって本件訴えの利益がなくなったなどと主張することを許すべきではない、というのである。

なるほど、控訴人が本件処分の取消しを求めて出訴したのに、平成三年八月一四日に本件処分に基づく退去強制令書の執行を受けて中国に送還されてしまっていることは、既に触れたように当事者間に争いがない。しかし一方、本件訴訟記録によれば、控訴人が本件訴えの提起とともに本件処分に基づく退去強制令書の執行の停止を申し立てたところ、受訴裁判所の福岡地方裁判所は、平成二年六月八日、右令書の送還部分の執行につき本案事件の第一審判決の言渡日から一か月を経過する日まで停止する旨決定したこと、ところが、抗告審である福岡高等裁判所は、同年七月二〇日、本案について理由がないとみえるときに該当するとして、右の決定を取り消したうえ控訴人の執行停止の申立を却下する旨の決定をなし、最高裁判所も同年一〇月九日に控訴人の特別抗告を却下したこと、以上の事実を認めることができる。

そうすると、右の退去強制令書に基づき控訴人が中国へ退去、送還された当時、右の執行を妨げる法的根拠はなかったのであって、これに以下の説示を併せ考えると、被控訴人が右のとおり執行したことに違法の点はないというべきである。

確かに、控訴人が本件処分の取消しを求めて出訴し、これに対する取消事由の存否等のいわゆる実体についての裁判所の最終的判断が示されないうちに、一方当事者の被控訴人が本件処分に基づく退去強制令書の執行をして本件訴えの利益を消滅させてしまい、この結果、本訴提起の目的であった本件処分の取消事由の存否についての裁判所の判断を得る機会を不能としてしまうことには、問題がないではない。すなわち、被控訴人がこのような行為に出た動機、執行によって原状回復が著しく困難となり、これに伴う被侵害利益が重大であること、すぐに執行すべき差し迫った事情や当面の間執行を差し控えても我が国に重大な脅威もないなどの諸般の事情のいかんによっては、右の執行が控訴人の裁判を受ける権利を侵害するものであると評価される余地もあり得ると考えられ、この場合、信義則上、被控訴人が訴えの利益がないと主張することを許さないとすること、あるいは仮にこれを主張しないとしても訴えの利益があるものとして取扱うことが考えられないではないからである。しかし、このようにいってはみても、本件においては、執行停止の申立事件において、裁判所が本案について理由がないとみえるときに該当するといって申立てを容れなかったのであり、さらに法によれば、退去強制事由のある者にはすみやかに退去強制令書を発付し(法四七条四項、四八条八項、四九条五項)、これをすみやかに執行すべきこと(法五二条三項)が定められているのであって、このことも考慮すると、被控訴人が裁判所のいわゆる実体的判断をまつことなく右の執行をしたことをもって、控訴人の裁判を受ける権利を侵害したとまで断じるわけにはいかず、従ってまた、本件において被控訴人が右の執行の完了によって本件訴えの利益が消滅したと主張することをもって、信義則に違反するとまでは断じ難い。かくしては、この種の取消訴訟において被控訴人ら処分権者らが必勝であるという批判もあろうが、現行法制(なお、かゝる法制がただちに憲法に違反するものとは認められない。)のもとにあっては止むを得ない結論である。

このようにして、控訴人の前記主張も採用できないというべきである。

二 以上のとおりであるから、本件処分の取消しを求める法律上の利益は、今となっては既に消滅したというほかはないから、本件訴えを不適法として却下すべきである。

よって、これと異なる原判決(ただ、原判決が言渡された当時、控訴人が強制退去を受けてから未だ一年が経過していなかったことは、原審訴訟記録により明らかであるから、法五条一項九号の規定からして本件訴えの利益が原判決言渡当時存在していたことは明らかである。)を取り消したうえ、改めて本件訴えを却下することとし、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 緒賀恒雄 近藤敬夫 川久保政徳)

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